レッテルを貼っていた自分
自分の考えがいかに浅はかだったかを思い知らされました。
勝手に彼女の背景を想像し、勝手にレッテルを貼っていたのは私自身だったのです。
あの落ち着いた態度も、もしかしたら彼女なりに必死だった結果なのかもしれません。
私が勝手に思い描いていた“Aさん像”は、現実とはずいぶん違っていたのだと思います。
見えていなかった本当の姿
Aさんが抱えている苦労も知らず、ただの先入観で彼女の人間性まで決めてかかっていた自分が、たまらなく恥ずかしく思えました。
それ以来、私は噂話に耳を貸すことをやめました。
相手がどういう人生を歩んできたのか、どんな重荷を背負っているのかなんて、誰にも分からないのです。
たとえ親しい同僚や友人であっても、それは同じことでしょう。
あの日以来、誰かについて聞いた話や、目に見える部分だけで判断するのはやめようと思うようになりました。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2026年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

