修復した人にも著作権は生まれる?
では、「修復した人に新たな著作権は発生するのか?」という点はどうでしょうか。
一般的に、欠けてしまった部位の補修や原状回復であれば、新たな著作物が生まれたとは言えず、著作権は発生しないと考えられます。
一方で、元の作品から大きく離れた独自の表現が加えられ、創作性が認められる場合には、新たな著作物として評価される余地もあります。スペインのエッケ・ホモ事件では、「これはもはや修復ではなく新しい作品ではないか…」といった冗談も飛び交いました。
もちろん、実際に著作権が発生するかどうかは個別の判断になりますが、修復なのか、それとも新たな創作なのかが議論になることがあります。
AIによる復元でも同じ問題が生じる
この問題は、近年注目されているAI技術とも関係するところです。例えば、AIを使って古い写真をカラー化したり、劣化した画像を補完したりする技術が普及しています。
しかし、AIによる処理も「失われた部分を復元しているだけなのか」あるいは「新たな表現を創作しているのか」という点が議論になることがあります。
このように、修復や復元の世界では昔から、どこまでが元の作品で、どこからが新しい創作なのかが問われてきました。
「善意で直しただけなのに、なぜこんなに批判されるの?」そう思う人もいるかもしれません。
ですが、美術品や宗教画、彫像などには、作者の思いや歴史的価値、さらには長い年月の中で人々の信仰の対象としての意味を持っていることがあります。そのため、たとえ善意であっても本来の姿を大きく変えてしまえば、「作品への敬意を欠いている」「文化的価値を損なった」と受け止められ、強い反発を招くことがあります。
今回のブラジルのマリア像騒動、一見すると修復失敗のニュースに見えるかもしれませんが、その背景には、どこまでが修復で、どこからが創作なのか、そしてオリジナル作品をどこまで、なぜ尊重すべきなのかという、信仰や文化、著作権にもつながる深いテーマが隠されていたのです。
