監督はデイヴ・ボイル。2024年に賀来と映像制作会社「SIGNAL181」を共同で立ち上げた。『Never After Dark』は、その第1弾作品である。
俳優とプロデューサー。二足の草鞋を履く過程で、賀来賢人のイケオジ化も話題だ。“イケメン研究家”加賀谷健が解説する。
イケオジ化する賀来賢人
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トーク番組『A-Studio +』(TBS系)では、毎回ラストにMCの笑福亭鶴瓶が、出演ゲストについて1人語りで総括する。2026年6月5日放送回のゲストは賀来賢人だった。鶴瓶は言う。「毎回毎回、大きくなって、このA-Studio +に出てきてくれる。それがほんとに嬉しいですね」。
俳優の他に、プロデューサーという大きな肩書きが加わっていた。番組には自身初の映画プロデュース作であり、出演作でもあるホラー映画『Never After Dark』(2026年)の宣伝期間でのゲスト出演。俳優というのは見せ方のプロフェッショナルだが、プロデューサーとしての佇まいが板についている。
同番組放送日、X上では「最近の賀来賢人、イケオジ化が加速しすぎている件」というポストがバズっていた。現在36歳。俳優として、プロデューサーとして、挑戦し続ける賀来賢人が、円熟のイケオジ化の時期に入っている。
俳優の独立と製作プロダクション設立
賀来賢人は、2018年放送のドラマ『今日から俺は!!』(日本テレビ系)での大ブレイク以降、スタークラスのコメディ俳優として広く愛される存在になった。2022年に所属していたアミューズから独立したことは自然な流れだったと思う。俳優の独立は、野心的ビジョンを具現化する狼煙だ。その歴史は古い。黄金期時代の日本映画界では俳優が映画会社と専属契約を結んでいたが、1954年にフリーだった大スター鶴田浩二は独立プロ「クレインズ・クラブ」を設立している。その後、鶴田は東宝に所属。看板俳優の三船敏郎の相手役を務めた。
その三船敏郎は1962年に東宝から独立。撮影所を有する「三船プロダクション」を設立した。三船主演の大作映画『風林火山』(1969年)など、プロデューサーとしても腕を振るった。
勝新太郎も1967年に「勝プロダクション」を立ち上げ、代名詞的な「座頭市」シリーズ第16作『座頭市牢破り』(1967年)を、勝プロ製作第1作目とした。

