「眠りを誘うホルモン」として知られるメラトニンは、アルコールの影響を受けやすい物質のひとつです。飲酒がメラトニンの分泌を抑え、体内時計の乱れにつながるしくみや、長期にわたる寝酒習慣が睡眠の回復力を損なう可能性、さらに寝酒とうつ病リスクの関係について、それぞれの観点からご説明します。

監修医師:
後平 泰信(医療法人徳洲会札幌もいわ徳洲会病院)
2009年に旭川医科大学医学部を卒業。循環器内科のスペシャリストとして、長年、札幌東徳洲会病院を中心に救急医療や心疾患の治療に従事。2023年には睡眠・無呼吸・遠隔医療センター長を歴任し、最新技術を用いた診療体制の構築に尽力。2024年より病院長に就任し、2025年10月の「札幌もいわ徳洲会病院」への名称変更。日本循環器学会 認定循環器専門医。日本睡眠学会 総合専門医・指導医。日本スポーツ協会公認 スポーツドクター。日本内科学会 認定内科医。
寝酒が睡眠ホルモンに与えるダメージ
睡眠の質に深く関わる「メラトニン」というホルモンの分泌にも、アルコールは影響を及ぼします。睡眠ホルモンへの影響を理解することで、寝酒の害がより具体的に見えてきます。
メラトニン分泌の抑制と体内時計の乱れ
メラトニンは、脳の松果体(しょうかたい)というごく小さな部位から夜になると分泌され、眠気を誘う役割を担っています。光の刺激が減ることで分泌が始まり、深夜に向けてピークに達し、朝になると減少するという規則正しいリズムを刻んでいます。
アルコールはこのメラトニンの分泌を抑制することが示されています。飲酒後にメラトニンの分泌が減少すると、体内時計が乱れ、自然な眠気が生じにくくなります。短期的には「眠れる」と感じても、身体の内側では睡眠リズムが崩れているのです。
体内時計の乱れが続くと、昼夜の感覚がずれていき、日中に眠くなりやすくなったり、夜に眼が冴えやすくなったりする「概日リズム睡眠障害」に近い状態を引き起こすことがあります。
睡眠の回復力を損なう長期的影響
健康な睡眠には、深い眠りを通じて身体と脳を修復する「回復力」があります。この回復力は、アルコールの慢性的な摂取によって徐々に損なわれていくことが懸念されています。
長期にわたる寝酒習慣を持つ方では、飲酒をやめた後も睡眠の質がすぐには戻らないことがあります。これは、アルコールが脳の睡眠調節システムに長期的な変化をもたらすためと考えられています。断酒後の回復には時間がかかる場合があり、専門的なサポートが助けになることもあります。
睡眠は単なる「休息」ではなく、身体の修復・記憶の定着・感情の調整など、多くの重要な機能を担っています。その回復力を守るためにも、寝酒の習慣を見直すことが大切です。
寝酒とうつ病リスクの関係
寝酒がうつ病リスクを高めるという指摘は、精神医学の分野でも重要視されています。アルコールと精神健康の深い関係を理解することは、心の健康を守るうえで欠かせません。
アルコールが脳の神経伝達物質に与える影響
アルコールは、脳内のさまざまな神経伝達物質のバランスを乱します。特に注目されるのが「セロトニン」と「ドーパミン」という物質です。セロトニンは気分の安定や幸福感に関わり、ドーパミンは意欲や喜びの感覚に深く関与しています。
飲酒直後は、これらの物質が一時的に増加し、多幸感や解放感が生じます。しかし習慣的な飲酒が続くと、脳はこのバランスを「通常状態」と認識してしまい、お酒なしではセロトニンやドーパミンが不足した状態になります。その結果、気力の低下・気分の落ち込み・不安感などが生じやすくなります。
この状態は、うつ病の症状と非常によく似ています。アルコールが「気分を上げる」ように見えて、実際には精神的なバランスを崩す原因になり得るのです。
慢性的な睡眠不足がうつ病を促進するメカニズム
寝酒による睡眠の質の低下は、うつ病リスクをさらに高める要因となります。睡眠不足と精神健康には強い関連があり、慢性的な睡眠不足はうつ病の発症リスクを高めることが知られています。
睡眠中、脳はストレスホルモンであるコルチゾールを調節し、感情処理や記憶の整理を行います。睡眠が十分に取れないと、コルチゾールの分泌が乱れ、感情のコントロールが難しくなります。些細なことで落ち込みやすくなったり、物事を否定的に捉えやすくなったりするのはこのためです。
寝酒 → 睡眠の質が低下 → 慢性的な睡眠不足 → 精神的な不調 → うつ病リスクの上昇、というつながりは、見過ごせない問題です。眠れないからお酒を飲む、という習慣がうつ病への道を開いている可能性があります。

