読者プレゼント実施中【取材レポート】三菱一号館美術館『“カフェ”に集う芸術家』展の見どころを写真とともに解説!

③シャ・ノワールとクアトラ・ガッツ〜カフェ文化、スペインへ

3章では、19世紀フランスのカフェ文化の象徴的存在である〈シャ・ノワール〉に焦点が当てられる。

テオフィル・アレクサンドル・スタンラン《シャ・ノワール巡業公演》1896年 リトグラフ 京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.4829)

〈シャ・ノワール〉は1881年にロドルフ・サリスが開いた芸術キャバレーで、詩の朗読やシャンソン、さらには影絵芝居を売りとしていた。特に影絵芝居は絵画、文学、音楽などあらゆるジャンルが融合した「総合芸術」と呼ぶべき存在で、その人気は店内に留まらず、ヨーロッパ各地で巡業が行われるほどだった。

このようなイベントを楽しむ観客たちと、それを作り出す詩人や画家、音楽家など多彩なジャンルのクリエイターたちが交流する〈シャ・ノワール〉は、「パリの頭脳」とも呼ばれるほどの知的空間となっていく。

そして、1880年代末頃から、異国からやって来た1人の男が〈シャ・ノワール〉の新たな常連に加わる。スペインの新聞社の特派員ミゲル・ウトリリョである。さらにはモンマルトルに滞在していたスペイン人画家のラモン・カザスやルシニョルも、店に集うようになる。

彼らは、店で開催されるイベントの数々に、他の客と共に参加し、楽しみながらも、その熱狂を一歩引いて眺めていた。そんな彼らの視線の一端がうかがえるのが、この《マドレーヌ》である。

ラモン・カザス《マドレーヌ》1892年 油彩、カンヴァス ムンサラット美術館 Museu de Montserrat. Donated by J. Sala Ardiz.

壁際の席で、赤いブラウスの女性が葉巻を手にテーブルについている。テーブルには飲み物の入ったグラスが置かれているが、口をつけた様子はない。

彼女は上体を捻って、待ち合わせ相手である誰かの姿を探しているようだ。背後の鏡には、賑わう店内の様子が黒を基調とした暗い色調と大まかなタッチで描かれており、リアリズム寄りで描かれた女性の姿とコントラストをなしている。

待ち人は未だ現れず、店に満ちる喧騒の中に溶け込むこともできない。そんな彼女の孤独と不安が画面からは立ち上ってくるように思える。

なぜ、カザスはこのような絵を描いたのか。

パリのカフェ文化に惹かれながらも、異邦人としてカフェの喧騒に完全には溶け込めない。だからこそ、熱狂に隠された孤独や不安に目が向き、それを女性の姿に託したのかもしれない。

また、鏡を使って女性が見ている店内の賑わいを描き出し、彼女の孤独や虚ろさを浮き彫りにする構図は、ミュージックホールを題材にしたマネの晩年の傑作〈フォリー=ベルジェールのバー〉を想起させる。

(参考図版)エドゥアール・マネ、《フォリー・ベルジェールのバー》、1882年、コートルード・ギャラリー, Public domain, via Wikimedia Commons. ※本展覧会には出品されていません

しかし、彼らがフランスで得たものはこのような店内をモチーフにした作品だけではない。スペインに戻った後、1897年にカザスやウトリリョは〈シャ・ノワール〉をモデルにしたカフェ〈クアトラ・ガッツ〉をバルセロナにオープンさせる。

このカフェはカザスらが担い手となったカタルーニャの芸術運動「ムダルニズマ」の中心地となった。

そしてこの〈クアトラ・ガッツ〉の常連だった一人が、若き日のパブロ・ピカソだった。展覧会の終盤では、そんな若きピカソの作品も見ることができる。中でもこの展覧会のクライマックスふさわしい一枚が、〈酒場の二人の女〉(ひろしま美術館所蔵)だ。

酒場の片隅で、青い服をまとった2人の女性がこちらに背を向けて座っている。カウンターにはグラスは1つしかなく、しかも既に空だ。女性たちはうつむき、視線や言葉を交わす様子もない。

深海を思わせる冷ややかな空間の中に、彼女たちの背中から滲み出る孤独感と倦怠感、ため息の気配が満ち満ちていく。絵を見ていると、その空気を肌で感じずにはいられない。

まさに、〈クアトラ・ガッツ〉で多くの芸術家たちと交わりながら、自らの表現を模索していた若きピカソの歩みを象徴する一枚と言える。

こうして展覧会を通してみると、カフェという場所が実に多面的な空間だったことを実感する。

飲食。
人との出会いと交流。
観察対象。

見知らぬ人と一緒でも盛り上がることのできる楽しいイベントと、決してその中に溶け込むことのできない孤独感。

だからこそ、カフェはあらゆる方向から芸術家たちを刺激し、創作のヒントを与え、作品発表の機会を提供する「新たな文化の発信地」たりえたのだろう。

展覧会情報

◆“カフェ”に集う芸術家 ー 印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで

会期 2026年6月13日(土)- 2026年9月23日(水・祝)
会場 三菱一号館美術館
開館時間 10:00 - 18:00
(但し、祝日を除く金曜日、第2水曜日、7/25(土)、9/19(土)~9/23(水・祝)は20時まで開館。)
※ 入館は閉館時間の30分前まで

観覧料金
<当日券>
一般 2,300円
大学生 1,300円
高校生 1,000円
中学生以下 無料
※価格はすべて税込
※障害者手帳をお持ちの方は半額、付添の方1名まで無料
※各種割引利用の場合、他の割引との併用不可

公式サイト:“カフェ”に集う芸術家 ー 印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで

配信元: イロハニアート

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