豊臣兄弟!【光秀生存説】「麒麟がくる」以上に際立つ展開…のちの家康(松下洸平)“参謀”天海(要潤)の姿がよぎる「理由」

豊臣兄弟!【光秀生存説】「麒麟がくる」以上に際立つ展開…のちの家康(松下洸平)“参謀”天海(要潤)の姿がよぎる「理由」

俳優の仲野太賀が主演を務めるNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」(総合ほか)の第29回が26日に放送され、山崎の戦に敗れた明智光秀(要潤)が羽柴秀吉(池松壮亮)と極秘裏に最後の対話を交わすという大胆な脚色に加え、光秀が処刑される場面をあえて描かなかった演出が、大河ファンの間で大きな話題となった。史実では光秀の最期には諸説あり、「光秀生存説」は戦国史を語るうえで古くから知られるテーマ。2021年に放送され、光秀(長谷川博己)を主人公にした大河ドラマ「麒麟がくる」でも、この説を想像させる結末が描かれたことから、SNSに「光秀を逃がした?」「天海シナリオあるかも」といった声が相次ぎ、史実とドラマを重ね合わせた考察が盛り上がっている。

「豊臣兄弟!」とは?

豊臣秀長(仲野)を主人公に、天下人となる兄・秀吉を補佐役として支えた弟の目線で戦国時代をダイナミックに描く大河。連続テレビ小説「おちょやん」や、「半沢直樹」「下町ロケット」「陸王」(以上、TBS)などのヒット作で知られる八津弘幸さんが脚本を担当する。

処刑シーン描かず…「光秀生存説」想起させる演出

この日の放送では、京都・本能寺で織田信長(小栗旬)・信忠(小関裕太)父子を討ち果たした光秀の軍勢が、迫りくる織田軍を迎え撃つべく、山城南部の山崎に陣を構えた。信長の三男・信孝(結木滉星)を総大将に、秀吉が指揮を執る織田軍と小泉川を挟んで対峙し、天正10(1582)年6月13日、戦いの火ぶたが切って落とされる。

序盤は明智方が優勢だったものの、秀吉が左右と後方から援軍を投入すると形勢は逆転。敗色濃厚となった光秀は、重臣・斎藤利三(内藤剛志)に後を託して戦線を離脱し、坂本城を目指す。しかし、秀吉が密かに放った兵に捕らえられ、秀吉の前へ連行された。

秀吉は、謀反の疑いをかけられた信長の甥・信澄(緒形敦)をかばったことが結果的に本能寺の変につながったと自責の念を抱き、光秀に謀反の真意を問いただす。光秀は当初、自分一人の企てだったと突き放すが、秀吉が信長の天下統一の夢を涙ながらに語ると、自身が望んでいたのは追放された足利義昭(尾上右近)の世であり、信長に奪われたものを取り戻すために決起したと本心を明かした。そして「悔いてはおらん。羽柴殿、存分に恨みを晴らすがよい」と静かに言い残したが、その後の処刑場面は描かれず、光秀の最期は視聴者の想像に委ねられた。

光秀の最期をめぐっては史料ごとに記述が異なり、「落ち武者狩りで討たれた」と伝わる一方で、遺体や首の所在には諸説ある。そのため江戸時代以降には「光秀は生き延び、天海として徳川家康に仕えた」という俗説も広く知られるようになった。今回の演出も、その歴史ロマンを想起させるものとして受け止められ、SNSには

「光秀の生死がうやむやなままになってるな?」

「明智光秀を逃がしたってことか!?」

「生存説か!?」

といった声が並んだ。

また「麒麟がくる」最終回(21年2月7日放送)では、山崎の戦で討たれたはずの光秀が丹波へ落ち延びたという噂が語られた後、京の町で光秀に似た人物が目撃され、その人物が馬で駆け去る場面で物語が幕を閉じた。この結末も「光秀=天海」説を連想させる演出として当時、話題を集めた。「豊臣兄弟!」でも処刑を明確に描かず、歴史ファンの間で再び光秀生存説をめぐる考察が活発化。

「いきなり『麒麟がくる』ルートになった…」

「介錯がグレーになってる…天海シナリオありえる」

「さてさて、生首になったのやら、坊主頭(天海)になったのやら…」

など、史実とドラマを重ね合わせた視聴者が考察を寄せている。

配信元: iza!

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