徳光和夫「急に言葉に詰まっちゃって…」 板東英二さんとの秘話を明かす

徳光和夫「急に言葉に詰まっちゃって…」 板東英二さんとの秘話を明かす

フリーアナウンサーの徳光和夫が1日、パーソナリティーを務めるニッポン放送「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」に生出演。7月22日に86歳で亡くなった元プロ野球投手でタレントの板東英二さんを悼み、同級生としての思い出や数々の秘話を語った。

「全く連絡が途絶えちゃって」

熊本地震発災直前の訃報だったこともあり、徳光は「震災の映像の上に『板東英二死去』って出た時には、本当にダブルの驚きだったんでありますけども」と当時の心境を振り返った。同級生で普段は「板ちゃん」と呼ぶほど親交の深かった板東さんとはここ1、2年は連絡が途絶えていたといい、「本当に会いたいな、会いたいなとずっと思ってたんですよ」と吐露。「全く連絡が途絶えちゃって、どういう風に連絡していいかもわかんない」と再会を果たせぬままの別れに無念さをにじませた。

番組では、12年前となる2014年10月25日の放送回で板東さんがゲスト出演した際の音源を紹介。徳光が「皆さんに聞いていただきたいな」と語ったその音源では、同級生であるソフトバンク・王貞治会長との親交やドラマ出演時のエピソードなど、ふたりの気さくで軽妙な掛け合いが披露された。

いつもは饒舌な板東さんが…

徳光は自身が司会を務めた「ズームイン!!朝!」での個人的な思い出も明かした。当時、普段は名古屋から出演していた板東さんを東京のスタジオに迎え、1958年の甲子園準々決勝の延長18回引き分け再試合で板東さんと死闘を演じた魚津高校のエース・村椿輝雄さんをサプライズに招いたという。いつもは饒舌な板東さんが「急に言葉に詰まっちゃって、胸いっぱいになっちゃったってことがありました」と懐かしんだ。

徳光は「同級生ってこともあるんでね、とっても気さくに会話をさせていただきましたけど」と振り返り、「ちょっと連絡が取れなくなっちゃって、本当に残念だなと思いますけども、今回の訃報は私にとりましても大変ショックでございますね」と故人を悼み、板東さんが唄った「燃えよドラゴンズ!」を流した。

板東さんは1940年4月5日生まれ。旧満州から徳島に引き揚げ、徳島商高3年時に夏の甲子園で史上最多の83奪三振を記録し準優勝。1959年にプロ野球中日に入団し通算77勝を挙げた。現役引退後はタレント、司会者、俳優として多方面で活躍。『マジカル頭脳パワー!!』や『世界・ふしぎ発見!』などの人気番組でお茶の間に親しまれ、映画『あ・うん』では日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞するなど、球界から芸能界まで幅広い分野で大きな足跡を残した。

徳光和夫(とくみつ・かずお) 1941年3月10日生まれ、東京都出身。立大卒業後、63年に日本テレビ入社。「NTV紅白歌のベストテン」や「ズームイン!!朝!」の司会で人気を博す。89年にフリー。現在は「路線バスで寄り道の旅」(テレビ朝日)、「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」(ニッポン放送)に出演。

配信元: iza!

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