50代のベテランベビーシッターさんに巨大な信頼感
当日、50代のベテランベビーシッターさんがにこやかな笑顔でやって来た。初依頼のシッターの場合、最初15分間はベビーグッズの位置や部屋の説明などが必要とのことで、ミルクやオムツ、オモチャの場所などを説明した。シッターさんはオモチャや絵本も持参しており、童謡を歌いながら子守を始めた。息子もシッターさんが持参したオモチャを興味深そうに覗き込んでいる。「さすがプロは違うなぁ」と、巨大な信頼感を胸に息子に気づかれないよう玄関を出て義母を歯科に連れて行った。
義母の歯の治療を終えて帰宅すると、息子は私の顔を見た瞬間大号泣。夫と2人で長時間留守番させることはあっても、初対面の人と2人きりの留守番は初めてだったことに今さら気づいた。
「楽しそうに遊びはするのですが、ふと現実にかえったようにママがいないと泣くんです。遊んでは泣いての繰り返しでした」
シッターさんがそう報告してくれた。
帰宅後は仕事部屋で2時間ほど仕事をするつもりで仕事部屋に入ったが、ダイニングから息子の泣き声が聴こえてきて、たまらなくなってノートPCを持って行きダイニングで息子に顔を見せながら仕事をすることにした。
息子は泣き腫らした顔で私の足にしがみついたかと思うと、笑顔で私を見上げる。そして、まるで「僕のママだよ、いいでしょ?」と言っているかのようにシッターさんにはにかんだ笑顔をおくっていた。
そんな状態で集中して仕事をできるわけもなく、ダイニングテーブルでノートPCを開いた私、足元に息子、少し離れたところにシッターさんがいて息子にオモチャなどを見せる、といったよくわからない光景が広がっていた。
シッター終了の時間が近づいた頃、初めての経験に疲れたのか息子は眠りに落ちた。
介護をしたくないのにせざるを得ない理由
産前は、夫に見ていてもらえばいいから産後2か月で仕事復帰、夫の都合がつかないときはベビーシッターに依頼すれば問題なし! と考えていたが、育児と仕事に関する解像度がガラケーの写メよりも低すぎた。ベビーシッターに預けても息子が親と離れることに慣れていなければかわいそうという感情があり、仕事に集中できない。世のワーママたちはこんな寂しさややりきれなさを背負いながら働いているのを初めて知った。
それに、今回ベビーシッターを利用することになったのは介護があったからだ。介護のために息子に我慢をさせることが多く、正直義母を恨んでいる。もっと息子と遊んでやりたいし、もっと息子のお世話をしたい。
私は別に義母に育てられたわけではないし、会ったのも結婚前に二度、結婚後も両手で数えられるほどで、何かのお世話になったこともないし、尊敬できるところもない。だから、本来は介護をする必要はないし、施設に入れればいい話なのだ。
しかし、年齢がまだ若いのと本人が強く拒否をして施設行きを実現できないでいる。義母に一点感謝していることがあるとすれば、息子の父である夫を産んでくれたことだけだ。
今後の育児と介護の両立は極めて困難だと思って毎日頭を抱えている。しかし先日、自立支援医療証の更新をしに保健福祉センターへ行った際、職員にぽろりと介護のことを話したところ、親身になって話を聞いてくれて「使える制度は全部使いましょう。また吐き出しに来てください」と、とても温かい言葉をかけてくれた。
そして「介護は頑張らないことが一番大事です」とアドバイスしてくれた。前回の記事でも書いたが、行政は思った以上に相談に乗ってくれるし動きも早い。今後も行政を味方に、息子を守ることを優先し、義母に私と息子の人生を壊されないよう戦っていきたい。
<文/姫野桂>
【姫野桂】
フリーライター。1987年生まれ。著書に『発達障害グレーゾーン』、『私たちは生きづらさを抱えている』、『「生きづらさ」解消ライフハック』がある。Twitter:@himeno_kei

