俳優の仲野太賀が主演を務めるNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」(総合ほか)の第31回が16日に放送され、市(宮﨑あおい)が、天下取りに邁進する羽柴筑前守秀吉(池松壮亮)に対抗する意志を決然と示した。秀吉の弟・小一郎(仲野)に刀を差し出し、「私を殺してみよ」と迫る姿は、これまで描かれてきた人物像とも重なり、SNSに「信長が乗り移ったよう」「ラスボスはお市だった」などの反響が寄せられ、人物造形や宮﨑の演技に注目が集まった。
「豊臣兄弟!」とは?
豊臣秀長(仲野)を主人公に、天下人となる兄・秀吉を補佐役として支えた弟の目線で戦国時代をダイナミックに描く大河。連続テレビ小説「おちょやん」や、「半沢直樹」「下町ロケット」「陸王」(以上、TBS)などのヒット作で知られる八津弘幸さんが脚本を担当する。
市(宮﨑あおい)「お前らに勝ち目はない。新しき世をつくるなど到底なしえぬ」
本作では、織田信長(小栗旬)の死後、織田家の主導権をめぐって秀吉と柴田勝家(山口馬木也)らが対立していく過程を、秀長の視点を軸に描いている。市についても、単なる「秀吉と対立する女性」ではなく、兄の遺志を受け継ぎ、織田家を守ろうとする人物として描かれている点が特徴。第31回では、清須会議後に織田家の主導権を握った秀吉と、それに反発する勝家や丹羽長秀(池田鉄洋)らの対立が鮮明になった。
重臣たちの結束を強めるためという秀吉の勧めを受け入れる形で、最古参の家老でありながら織田家との縁が薄かった勝家と夫婦になった市だが、その結婚には、単なる政略だけではない市自身の意思があった。
市は、信長に成り代わろうとする秀吉の野心を見抜き、織田家を守るため、勝家とともに秀吉に対抗する道を選んでいた。
信長の葬儀をめぐっても、秀吉と市の対立は際立つ。
市が喪主を務めた葬儀には秀吉以外の重臣が顔をそろえた。一方、秀吉が行った葬儀には長秀と池田恒興(堀井新太)の名代が参列するにとどまったものの、茶人の千宗易(吉岡秀隆)が手配した京都・大徳寺での式は盛大なものとなった。
秀吉は天を仰ぎながら「上様が目指した、新しき、面白き世にして見せまする」と信長に誓い、自らが織田家の新たな中心となる意思を示す。その一方、水面下では諸将を次々と味方につけ、着々と勢力を拡大していた。
ここで重要なのが、秀吉と市では「信長の遺志を継ぐ」という言葉の意味が異なっていることだ。
秀吉は信長が目指した「新しき世」を自分が実現すると考える。市は、信長が築こうとした織田家そのものを守ることを優先する。どちらも信長の遺志を受け継ごうとしているからこそ、両者の対立は単純な善悪ではなく、異なる「正しさ」の衝突として描かれている。
足軽時代から市と信頼関係を築いてきた小一郎は、織田家の分裂につながりかねない対立の深まりを危惧し、単身、北庄城の市のもとを訪問。自分たちは織田家をないがしろにするつもりはなく、ともに生きる道があるはずだと必死に訴えるが、市は、秀吉が織田家を滅ぼすしかないと覚悟を決めていると語り、小一郎に「今の秀吉を支える覚悟があるのか」と問いかけた。
そして市は刀を差し出し、「私を殺してみよ。織田家を滅ぼすとはそういうことじゃ。それができぬならお前らに勝ち目はない。新しき世をつくるなど到底なしえぬ。兄上の志は、この私が受け継ぐ。お前らなどには渡さぬ」と言い放った。
この場面は、市が自らを織田家の抵抗勢力の象徴にする覚悟を示した場面とも受け取れる。小一郎に「私を殺してみよ」と迫ったのは、単に秀吉への敵意を示すためではなく、秀吉が本当に織田家を乗り越えて新しい世をつくるつもりなら、まず自分を乗り越えなければならないという覚悟を小一郎に突きつけた形になっている。
今回の市の言動を考えると、これまでの描写も重要になる。
第17回(5月3日放送)では、愛する夫・浅井長政(中島歩)を自ら介錯する場面が描かれた。長政への情を抱えながらも、織田家の一員として決断を迫られた市だが、今回もまた、個人的な感情だけではなく、「織田家を守る」という自らの役割を優先する姿が描かれている。
つまり今回の「私を殺してみよ」という言葉は、突然現れた市の強硬姿勢ではなく、これまでの市の選択の延長線上に置かれたものと見ることができる。しかも現在、市が対峙しているのは、かつて敵だった人物ではなく、足軽時代から交流し、信頼関係を築いてきた小一郎だ。
だからこそ、市にとっても小一郎にとっても、この場面は単なる敵対関係の始まりではなく、これまで積み重ねてきた関係を断ち切るかどうかを迫られる場面になっている。
市の強い意志が示されたことで、SNSには、
「小一郎よりお市様のほうが秀吉の真の狙いを理解していた」
「さすがの洞察力」
「信長が乗り移ったような眼差しの強いこのお市の描き方が好き」
「人たらし秀吉にとってのラスボスは、毛利でも北条でもなく、お市だったのかも!?」
といったコメントが寄せられた。また彼女の演技にも
「宮崎あおいの真骨頂。すごすぎ」
「本作のお市は、当時のオンナの限界を弁えつつ、織田の正統なる者として、豊臣兄弟へのアンビバレントな思いを乗り越える気高さが、さすが宮崎あおい」
などの反応があり、多くの視聴者が宮﨑の演技を絶賛した。
さらに、
「今さらながらに帰蝶ではなく市に焦点を当てていたのかがわかったよ。羽柴兄弟と織田兄妹の対比。織田兄妹の思いを受け継ぎ克服せねばならぬ羽柴兄弟」
「お市はこの時点で、負けを覚悟してるように見える」
「敬愛する兄の目指すモノを本当に叶えるなら私を踏み越えろと、あえて抵抗勢力を集める御旗になるというのはスゴく面白い」
など、ここまで描かれてきた市の人物像と今回の場面を結び付けて受け止める人もいた。
この日の描写は、史実上の賤ケ岳の戦いへ向かう流れを踏まえながら、市自身の意思と秀吉・小一郎兄弟との関係を前面に出した本作独自の人物描写として見ることができる。
今後、秀吉が勢力を拡大していくなか、市は織田家の「正統性」を掲げて対抗する立場を鮮明にしていく。一方、その対立を目の前にした小一郎は、兄を支える立場と、市とのこれまでの関係の間で難しい選択を迫られることになる。市が放った「私を殺してみよ」という言葉は、秀吉と織田家の対立を決定的なものへと動かし、賤ケ岳の戦いへ向かう物語の転換点となる重要な場面だった。

