剣道部顧問の暴行、熱中症で息子を亡くして17年。「この裁判負けますよ」と言われても…両親の“8年の闘い”が残したもの

剣道部顧問の暴行、熱中症で息子を亡くして17年。「この裁判負けますよ」と言われても…両親の“8年の闘い”が残したもの

両親が今、“教師や指導者を目指す学生”に伝えたいこと

 2017年7月1日に日本体育大学で講演をする工藤家族 そうした変化を、少しずつ後押ししてきたのが、両親の活動だ。二人は事件のあと、全国各地で講演を続けてきた。そして今、語りかける相手が、以前とは変わってきている。

 かつては現役の教師や学校職員に向けて話すことが多かったが、いま力を入れているのは、これから教師や指導者になる可能性がある大学生に語ることだ。これから教師や指導者になる世代にこそ、早いうちに知っておいてほしいという思いからだ。

 講演は、思いがけない広がりを見せているという。両親の話に耳を傾けるのは、教師や指導者を志す学生だけではない。ある大学での講演のあと、一人の学生が奈美さんに声をかけてきた。将来、葬儀の仕事に就くという学生だった。

「剣太さんの葬儀の話を聞いて、ちゃんと寄り添える葬儀屋さんになりたいと思いました」

 剣太さんの物語は、さまざまな立場の若者の心に届き、それぞれが進む道に影響を与えている。

「先生になる子だけやなくて、そういう子にも伝わるんやって。なんか、嬉しかったね」

「子を失う親を一人でも減らしたい」17年後も語り続ける理由

 中学校の校門前で、仲良しの友達数名との写真に写る中学3年生(15歳)の剣太さん あれから17年。両親の闘いは、求償権という前例で、加害教員個人に責任を負わせる道を切り開いた。それだけでなく、この事件を通して、教師や保護者、そして子どもたち自身が、熱中症の危険を知り、考えるようになった。

 奈美さんは、この闘いを自分たち夫婦だけの力で成し遂げたとは思っていない。

「私たち二人だけでやっていたら、とてもここまで来られんかった」

 事件のあと、「剣太の会」が有志によって立ち上げられた。裁判から両親の講演活動まで、その歩みのすべてに寄り添い、支えてくれた人たちだ。

 兄弟のように密に、仲良く育ってきた従兄弟たち だが、力を貸してくれたのは、会の人たちだけではない。数えきれないほど多くの人が支えてくれた。その一人ひとりの力があって、ここまで闘ってこれたのだと、奈美さんは繰り返す。

 その中心には夫婦としての強い思いがあった。暴行を加えた顧問に、責任を負わせる。その一点だけは、どうしても諦められなかった。これほど長く闘い続けてこられたのは、奈美さんのなかに、一つの願いがあったからだ。

「子どもを失って悲しむような親や家族を、一人でも減らしたい。それに尽きるんよ」

 我が子を失った悲しみは、17年が経っても、少しも薄れることはない。だからこそ、同じ思いをする家族を、これ以上、増やしたくない。その一心で、両親は闘い、語り続けてきた。

 いまも部活動やスポーツ指導の現場では、熱中症による事故や、行きすぎた指導に苦しむ子どもが、まだなくなってはいない。その現実があるからこそ、両親は犠牲が少しでも減ることを願って、今日も講演の場に立ち続けている。

<取材・文/菅原春二>



配信元: 女子SPA!

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