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公開 2018年03月23日  

迷ってるうちに「幸せ」は誰かのものになっちゃう、か。 / 13話 side満

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名古屋のフォトスタジオの求人に心揺れ、迷いながらも転職エージェント土井に連絡をとった満。「実際にお店を見に来ませんか?」と言われ週末に奏太を連れて実家のある岐阜へ帰省する。奏太と出かけた公園で、地元の同級生で不動産屋の江原と会うのだが――。


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第13話 side 満

子ども頃によく遊んだ公園でわが子たちを遊ばせながら、これまた子どもの頃からよく見ているえびす顔の江原が俺に向かってにやりと笑みを浮かべている。


江原  「プレに行ってない奏太くんでも桜庭幼稚園に入れるから」

   「どうして? 人気なんでしょ? プレに行ってないと入れないって今言ったばかりじゃない」

江原  「チッチッチッ」


得意げに人差し指を揺らす江原がうざい。けど俺はそういうこと言わない主義。平和主義。


江原  「俺たちには『卒園生枠』があるから」

   「なにそれ」

江原  「家族が卒園してると、優先的に入れるらしいよ」

   「へぇ。もう30年以上前の卒園生なのに?」

江原  「あー! てかさ!」

   「なに?」

江原  「毎週火曜はプレだよ。奏ちゃんも行ってみたらいいじゃん」

   「え? なんかいろいろ突っ込みところがあるけど、まずさ、プレって事前に申し込みが必要なんじゃないの? 今の幼稚園はキリがなんだかんだ言いながら、去年申し込みしてたような気がするけど」

江原  「ま、基本はね! でも引っ越しで抜けちゃった子もいるし、きっと大丈夫だよ! 問題ナッスィング!」

   「テキトーだなー、相変わらず」

江原  「まぁ、任せろって! 俺の父ちゃん、園長とゴルフ友達だから、今度のプレに奏ちゃんも行けるように電話してもらうよ」

   「ちょっと裏口っていうんじゃないの、それ」

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「ははっ、大げさだな」と笑って何も答えない江原を見つめる。

すごい力持ってんだね、地元の不動産王って。こわいね。

でも円田家でいちばん力を持ってるのはキリだな。怒らすと不動産王よりこわいからさ。


   「でもうーん…キリに聞かないとかなぁ。実際問題、川口の幼稚園にすでに願書を出してるしね」

江原  「別にいいじゃん。幼稚園に遊びにいくぐらい。プレに行ったからって入園しなくちゃいけないわけじゃないんだしさ」

   「そうだけどさ、家は川口なわけだし」

江原  「みっつー、そんな悠長なこと言ってると、ぜーんぶ誰かの物になっちゃうよ。欲しいものはすぐゲットしないと」


うっ。俺が返答に詰まっていると、「お父さん!」と呼ぶ声がして、江原の息子ふたりが砂場に走って来た。

手にはグローブと野球のボールを持っている。


   「わー。見ない間にすっかり少年になってるね。野球やってるんだ?」

長男  「うん」

次男  「そうだよ」

   「もしかして」

江原  「そーそー。親子2代でちびっこエレファンズよ」


エレファンズは俺も江原もタカヒロも入っていた小学生野球チームで、市内で「ゆるいチーム」として有名だった。

だからか、意外と保護者から人気があった。

「お友達づくりに」「運動習慣に」という感覚で、「何が何でも優勝するぞ!」というチームとは違った。


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そもそも俺は野球に興味はなかった。

内気だったし、9人で戦うなんて、考えただけで胃が痛い。

個人競技なら負けても勝っても自分のせいだからいいのだけど。


でも内気な俺を、インドアな俺を、心配した祖父母が「よかったら入会してみようよ」とすすめてきた。

何度も言うようだけど、円田家は「おぼろさん」が優先される家。

何かと孫の面倒を見させられている祖父母に対して俺は申し訳なさを感じていたから、初めての祖父母のすすめに「NO」を返せず、「うん」と答えた。

そこにはごくわずかな「期待」もあった。



「もしかしたら…もしかしたら父ちゃんと母ちゃんが試合を見に来てくれるかもしれない」と。

なぜなら親父は大のドラゴンズファンで、といっても「おぼろさん」最優先だから試合は見に行けないのだけど、いつもお店のテレビで野球中継を流し、調理しながら見ていた。

もしかしたら次は、次の試合は…と一縷の望みをかけて練習を頑張ってるうちに、意外と足が速いということが判明し、俺はセンターのポジションになった。

だけどいつも試合を見に来るのは祖父母で、淡い想いはいつしか消えた。

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それでも野球をすすめてくれた祖父母に感謝している。

人見知りで本音をうまく言えない俺が今でもずっとチームメイトと繋がっているのは、同じことに一生懸命になれたあの日々があったからだと思う。


その頃、図書館でファッション誌を見ることにもはまった俺は、中学では図書館通いを優先するため野球部には入らなかった。

部員ゼロで活動内容が少ない文芸部に入り、おじいちゃん先生とたまに短歌を作った。

何気にそれも趣味として残っているから、人生ムダなことはないのかもしれない。



そしてお年玉をちょこちょこ使いながら岐阜駅近くにあった古着屋で服を買い、リメイクに夢中になっていった。

…懐かしいな、あの古着屋まだあるのかな。行ってみようかな。

ぼんやりと思い出に浸っていると、「あれ、あれだよ」と江原が何かを指さした。


   「…ん? なに?」

江原  「すぐそこなんだよ。あの白い家。ほら、前に言ったオススメの新築戸建て!」

   「あぁ」

江原  「今、鍵とかないし、外からしか見えないけど、行ってみる? 行っとく?」

   「どうせ行くまでしつこく言うんでしょ? 行ってみますよ」


まぁ、散歩がてらに、と立ち上がり、尻に付いた砂を払う。

奏太の砂も落としていると、江原ジュニアたちは手を繋いで走って先に行ってしまった。


   「あれ、危ないんじゃないの?」

江原  「大丈夫だって。家まで遊歩道だから。兄ちゃんたちもいるし」

   「あぁ…そう。奏太も行ってくれば?」

奏太  「だっこ」

   「…えー」


甘ったれの奏太を抱っこしながら歩いていくと、白い家が見えてきた。

シンプルな外観に、車三台分ほどの駐車スペース。

そして…庭。駐車スペースと同じくらいの広さがある庭…。


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江原  「いいだろ!? 他の家と適度な距離があるからうざったくないし、幼稚園も小学校も中学校も近いときたもんだ!」

   「……」


あぁ、言葉が出ない。

まさにキリと話していた「理想の家」じゃないか。


奏太  「あ! パパ、てんとうむし」

   「ちょ、あぶない」


俺の腕から無理やりすり抜けた奏太が、庭にしゃがみこんで小さな虫を小さな指で突く。


江原  「こらこら、まだ奏ちゃんちじゃないんだから、敷地に入っちゃ駄目よ」

   「まだって…おい」

江原  「え、だってほしいんでしょ? 顔に書いてあるけど?」

   「え…」


真に受けて思わず頬をさする。そんなわけないか…。

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※ この記事は2024年12月04日に再公開された記事です。

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