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公開 2018年04月10日  

新しい環境で心細いのは、子どもだけじゃない。私もだ。 / 18話 sideキリコ

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「新しい可能性」を考えるために、満の転職先候補であるフォトスタジオを名古屋まで見学しに行った満とキリコ。想定外に2人きりの時間を過ごすことになり、改めてお互いの暮らしの現状とこれからの人生について話し合うことになった。そしてその翌日。地元の不動産王で満の同級生・江原に案内されて実家近くの戸建ての家を内見に行く――。


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第18話 side キリコ

ヨリミチビヨリの吉田さんに会い、そして夫と2人で名古屋にあるフォトスタジオ『ファミーユ・ウルーズ』に訪れた翌日の日曜日。

私と夫、奏太の3人は夫の友人で地元の不動産屋の江原さんが紹介してくれた家を見に向かった。


まだ色々分からないけど、色んな可能性を、可能性を見て…。


キリコ  「…わぁ」


夫の運転する車がその家の前に着くと、私は思わず声をあげた。

うー、めっちゃ理想の感じじゃないの。建売なのに、夫と話した理想の家のイメージに近い。

シンプルな白い家。庭はほどよい広さで、駐車スペースもこれ…3台分はあるよね?

路駐してあった赤色のレクサスからえびす様のような顔をした江原さんが降りてくる。


江原  「どうもこんにちは~! お、奏ちゃん、おじさんのこと覚えてる?」

奏太  「……」

キリコ  「ほら、奏太、隠れてないでこんにちはでしょ。すみません…」

江原  「いいんですよ~、じゃあ、中へどうぞ」


江原さんに誘導され、私たちは中に入る。

うわー…玄関に納戸みたいのがある~。これほしいんだわー。マンションにはないんだわ~、これ。

うわ~、新築のニオイがする~。当たり前だけど、めっちゃキレイ~。カウンターキッチン、広い~。シンクも広い~。


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奏太  「ママ! かいだんがあるよ! 行ってもいい?」

キリコ  「危ないからパパと行って。ママはまだいろいろ見たいんだから」

奏太  「分かった!」


奏太と夫が2階に向かい、私はトイレやバスルームを見る。


キリコ  「わ~、バスタブひろっ」

江原  「家族3人、余裕で入れますよ」

キリコ  「ですね~」


続いてリビングの窓を開け、庭を見る。


キリコ  「わ~、日当たりいいですね~」

江原  「ここにベンチを置いたりしたらもう最高ですよ。日向ぼっこ」

キリコ  「夢が広がりますね~」


なんて話していたら「マーマ! マーマ! はやくきて!」と騒ぐ奏太の声が聞こえてくる。

なんだよ、なんだよ、じっくり見させてくれよ。そう思いながらこれまた光が入って明るい階段を上る。もう脳内は「いいないいな」しかない。
奏太が騒いでいるのはベランダだった。おそらく8畳ほどある洋室から続くルーフバルコニーで夫が奏太を抱き上げ、何かを見ている。



奏太  「マーマ! マーマ! みてみて!」

キリコ  「なんだよ、騒ぐと危ないよ」


置いてあったサンダルを履きベランダに出ると、奏太の指さす方向に電車が見えた。


奏太  「とうかいどうほんせんだよ」

江原  「奏ちゃん分かるの!? すごーい!」


いつの間にか2階に来ていた江原さんが奏太に拍手すると、奏太はぷいっと江原さんから顔を背ける。でも口元はニヤついているのを私は見逃さない。嬉しいくせに。


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奏太  「このおうち、でんしゃ見えるんだねぇ。すごいねぇ! 階段のおうちすごいねぇ!」

江原  「お! 奏ちゃん、気に入った?」

奏太  「……」

江原  「あー、ごめんごめん。おじさん黙りまーす」

奏太  「ねぇ、ママ! このおうち、ぼくのおうちになる?」

キリコ  「うーん…それは」

奏太  「ぼくこのおうちがいい! 買って!」

キリコ  「買ってって…。お菓子を買うみたいに簡単には買えないんだよ?」

奏太  「なんで!」

キリコ  「うーん、奏ちゃん、ここを買うってことはね、ここに引っ越すってことなの」

奏太  「うん」


キリコ  「そうなったらさ、今、遊びに行ってる幼稚園じゃなくて、このおうちの近くの幼稚園に行くことになるんだよ?」

奏太  「いいよ!」

キリコ  「ちょっと…本当に分かってる?」

  「まぁ…分かってないよね」

奏太  「わかってる! わかってるの!」

江原  「火曜のプレはもう話を通してありますぜ、奥さん」

キリコ  「あ、本当ですか? ありがとうございます」

奏太  「ねぇ、このおうちがいい! パパ!」

  「奏太、じゃあさ、明後日、このおうちの近くの桜葉幼稚園ってところに、ママと遊びに行ってみる?」

奏太  「うん、いくいく」

キリコ  「奏ちゃんがいつも遊びに行ってる川口つばさ幼稚園と違うからね?」

奏太  「うん、わかったって。じゃあ、買おうっか」

キリコ  「………」


ぜんぜんわかってないですね、これは…。


キリコ  「…まぁ、とりあえずプレに行ってみるよ」

  「ありがとう」

キリコ  「うん。火曜だしね」

江原  「奏ちゃんが桜葉を気に入って、みっつーの転職も決まって、この家に引っ越してきたら、俺もちょ~嬉しいなぁ!」

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――翌朝。

夫は出勤するため6時台の新幹線で東京に帰って行った。

さて、今日は近所の公園にでも行ってみるかと思っていたのに、昼前から雨が降りだしてしまった。

雨にも関わらず「どこかに遊びに行きたい」という奏太のワガママに義両親がお昼ご飯も兼ねてショッピングモールにある室内広場で連れて行ってくれてたから私は義実家で一人のんびりと過ごすことが出来た。

お昼ご飯は「おぼろさん」で出前したチャーハンと餃子。あぁ、ご褒美をもらった気分。


そんなこんなで翌日、火曜日――。

その日もすべての用意を義母がしてくれるので、私はゆっくり時間をかけてメイクをした。うん、久々にはっきりくっきりした己の顔。
私がいつものように「早くして!」「どうしてふざけるの!」なんて怒らないから、奏太もご機嫌だった。

義実家から徒歩で行ける桜葉幼稚園に奏太と手を繋いで向かった。あぁ、こんな穏やかな気分で出かけられるなんて、いいな。


園の入り口に到着して、門にいた先生に名前を告げ園内に入ると――。

おそらくプレに通ってる子たちのママグループ、上に兄弟がいる子たちのグループ、などなど人が固まりになっている。
うわー…。久々のアウェイ感。

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※ この記事は2024年12月10日に再公開された記事です。

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