父の退職祝いで奏太と実家に来た今夜――。
みんなが寝静まった家の中でひとり、10代の頃に読んでいた本を懐かしく見ていると、古い封筒がひらりと私の足元に落ちた。
送り主に「茶花出版社」の文字が見え、私はすぐにそれが何か気づく。
キリコ 「…うわぁ、これここにあったんだ」
その場にしゃがみ込み、封筒を取ると、私はこたつに足を入れる。
隠してあった宝物を開くように、ドキドキしながら中の便せんを取り出すと、そこには中学3年生の私が書いたエッセイについて、編集者のコメントが書かれていた。
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夏祭りがテーマの募集に送っていただきありがとうございます。小学生の頃の体験が細かく描写されていて、自然と絵が頭に浮かびました。
次はキリコさんの等身大のいまを書いてみてほしいです。中学3年生の夏は一度しかありません。好きな人や友人とどこに行きましたか?色んな事にどんどんチャレンジしてみてください。
少し思い切るような体験がキリコさんの作家力をアップさせてくれますよ。期待しています。
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これからの家族の生き方を、家族みんなで決める。 / 22話 sideキリコ
33,329 View引っ越しは奏太のためによい選択なのだろうか。悩むキリコは、奏太を連れて帰省した実家で、両親が別居していた理由を知る。そしてその夜、卒業アルバムを開き、当時書いた将来の夢を思い出す。
第22話 side キリコ
何に応募しても受賞せず、コメントももらえずにいた私は、この丁寧な手紙をもらい、「ちゃんと読んでくれてるんだ!」と舞い上がったのを覚えている。
執筆熱がさらに上がった私は受験だというのに、勉強そっちのけでエッセイを書いていて、何度もお母さんに怒られたよなぁ。
怒られてもその熱は冷めなくて、募集締め切り前はとくに没頭しすぎて部屋の中は散らかりまくってたし、走り幅跳びの授業で汚れてた体操服も放置してて、それに切れたお母さんが原稿を隠したこともあったっけ。
あの時は「鬼!」と思ったけど、いまはタイムワープしてお母さんと一緒に怒ってあげたいわ…。
それでも負けなかった私は「なにくそ!」と徹夜で一から原稿を書き直して、〆切当日の朝に書き上げたんだった。
そのパワーにお母さんが負けて、私の代わりに郵便局へ封筒を出しに行ってくれたっけ。
本当いま思うと若い頃のエネルギーってすごいわ。
体力ももちろんだけど、なんていうかゆるぎない自信というか、とにかく真っ直ぐ。
大人になった今は何かあると、別の道を選んでみたり、自信がないから初めから諦めてばかりいるかもしれないな…。
そんな私をあの頃の私がみたらどう思うだろう。
一応ライターになった私を見て喜んでくれる?
ハッキリしない今の私をかっこ悪いって思う?
頑張ってよ! って言うかな?
――いまの自分はあの頃の自分になんて言いたい?
『いまの自分はそれまでの自分が頑張ってくれたおかげ。何があっても夢を追い続けてくれたから。ありがとう』
そう言いたい。
じゃあ10年後の自分はどうかな?
いまの自分になんていうだろう。
ありがとうって言って…くれないかもしれない。
だって10年後のために努力してるって胸を張って言えない。
日々の忙しさにただただ圧倒されて、面倒なことに立ち向かえてない。
…それでもいいじゃない、疲れてるんだよ。
でも…。
ライターとしても頑張りたいって、名古屋のカフェで語ったのにすぐに諦め過ぎかな…。
このまま面倒なことから逃げたら後悔する気がする。
奏太も私も夫も納得のいく未来にしたい。
そのためには夫のいう通り、努力をしてみないと始まらない!
私はリビングにあったチラシを取り、裏返すと白い一面に奏太の不安を少しでもなくす方法を思いつくままに書き始めた。
・幼稚園に慣れる
・幼稚園周辺に慣れる
・新しいお友だちができると楽しい
・おばあちゃん、おじいちゃん、にいにたちが近くにいる楽しさ
・庭がある家の楽しさ(戸建てを買うことが出来るなら)
・田舎ならではの体験
これからまだまだ続く人生の中で義実家に連泊なんてほんの一瞬じゃないか!
キリコ 「よし」
寝室で眠る奏太の寝顔を見た後、私は庭に出た。
北関東の冬の夜は寒いけど、この寒さが体と頭をシャキッとさせてくれる。
キリコ 「うわ、星めっちゃきれい」
星を眺めつつ、私は夫に電話を掛けた。
キリコ 「もしもし、いま大丈夫?」
満 「うん、どうかしたの?」
キリコ 「あのさ、一人で考えてみたんだけど」
満 「うん」
キリコ 「奏ちゃんが岐阜の生活に慣れるように、ちょっとの間、ふたりで岐阜に行ってみようかなって」
満 「うん」
――翌朝。
冷蔵庫に何もなさ過ぎて、父の車でマクドナルドに向かい、朝マックしたあと、駅に送ってもらった。
その道中、夫から「履歴書、出したよ」とメッセが来た。
家を買うことに関してのらりくらりだった夫がこんなにもテキパキと動いてる。
円田家はいま「ススメ!」な運気なのかもしれない。
純一 「はい、到着しました~」
奏太 「わーい! ママー、しんかんせん乗る?」
キリコ 「乗らない」
純一 「忘れ物ない?」
「うん」と言いかけて、言い直すことにした。
キリコ 「お父さん、あのさ」
純一 「ん?」
キリコ 「うちさ、岐阜に家を買うかもしれない。まだ分かんないけど」
純一 「いいんじゃない? その辺の釣り場に行くときは泊めてね」
キリコ 「よく考えろよ、とかないのね」
純一 「ないよ。だってキリコは、昔から決めたことは誰が何といってもやるじゃない。俺に似て」
…言われてみればそうですね。
そっか、私はお父さん似だったのか。
キリコ 「……またいろいろ決まったら連絡するね。お母さんによろしく」
純一 「はいよ」
――川口に戻ったその日の夜。
定時で帰宅した夫と共に、夕食は外食することに。
近所のステーキハウス「でん丸」でソファー席に着き、円田家は月1の家族会議を始めた。
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