まさかこんな短期間に2度も岐阜に行き、義実家に泊まるという事態になっているということを以前の私が知ったら白目になると思う。
だけどいまは違う。
私たち家族がこの先の人生を笑って過ごせるように、ベストだと思える道を選択中なんだ。
「しんかんせん! しんかんせん!」と浮かれて早起きした奏太を連れて岐阜に向かい、お昼時の少し前、義実家に到着した。
義母・真由美の運転する軽自動車を降りると、義父・ミノルが庭で古びた子ども用自転車を雑巾で磨いている。
奏太 「じいじ~!」
ミノル 「おう、奏太~! よく来たな」
駆け寄る奏太を見て義父の目が細くなる。
ラーメンを作ってる時はいつも無表情な印象だったけど、引退したいまは普通のおじいちゃんだな。
そう思いながら私も義父の元に行く。
キリコ 「こんにちは」
ミノル 「はい、こんにちは」
奏太 「これなあに?」
奏太は小さい指で古びた自転車を指さす。
昔、放送されていた戦隊ものかな?
五色のヒーローがポーズを決めた絵がチェーンケースに描かれ、全体はくすんだ赤…おそらく新品の時は真っ赤だったんだろうけど。
ベルには赤いヒーローのフィギアが付いている。
真由美 「これはね、にいにたちが小さい頃に乗ってた自転車だよ」
…え! にいにって雷真と風真のことですよね?
10年以上前の品物ですか。いやー、すごい。物持ち良い。
真由美 「奏ちゃん乗るかなって、千晶ちゃんが倉庫から出してメンテナンスしといてくれたのよ」
公園でのお友達トラブルって親同士が気を遣うんだよね…。 / 23話 sideキリコ
37,234 View引っ越しは奏太にとってはつらいだけになるかもしれない。悩んでいたキリコだったが、実家で過ごし幼い頃の夢を思い出したことをキッカケに、奏太の不安をなくすための方法を考え始める。新しい環境になれるため満の実家である岐阜で過ごしてみようと話すも奏太は嫌だ!と拒否。しかしその後「行ってもいいよ」と奏太が言ったことにより、キリコと奏太は2人で岐阜に向かう。
第23話 sideキリコ
キリコ 「あー、そうなんですね。お礼言わなきゃ」
連日ラーメン店で忙しいのに、ありがとうございます。
義姉の予想外の優しさに触れて、ちょっと嬉しい。
キリコ 「でも奏太、乗れるかな?」
奏太 「のれる!!」
ミノル 「補助輪が付いてるから大丈夫だろ。倒れる心配はないし。ほら、綺麗になったから乗っていいぞ」
奏太 「わーい!」
古びた自転車にまたがり、ペダルに足を乗せると、奏太は思い切り足を動かし…。
漕ぎ始める。
え、乗れるもんなんだ?
真由美 「奏ちゃん、すごいすごい」
ミノル 「満に似て運動神経がいいんだろ」
驚いている私をしり目に奏太は庭を漕いで回っている。
とても楽しそう。
奏太って人見知り、場所見知りはあるけど、こういう乗り物系とか、公園の遊具系は大して怖がらないんだよね。
度胸があるのか、怖がりなのか…わからん。
奏太 「マーマ! ちょっとおいで!」
キリコ 「なに?」
奏太 「こうえんいこう!」
キリコ 「え、だってもお昼だよ? ご飯食べないと」
奏太 「おなかすいてないの! こうえんいきたい!」
キリコ 「えー…」
真由美 「少しだけ行ってきたら? お昼ご飯、用意しておくね」
キリコ 「あ、すみません。じゃあ…行ってきます」
仕方ないか、と諦め、私は奏太と義実家を出る。
奏太 「パパといったこうえんね」
キリコ 「ママ、そこがどこか分からないもん」
奏太 「でんしゃのみえるおうちの近くだよ」
キリコ 「あー、そっか」
「車きてるよ!」「先に行かない!」「言う事聞けないなら自転車返して来るよ!」などと公園までの道中で叫びすぎて喉がやられかけた頃、公園に到着した。
奏太 「ここだよ!」
キリコ 「…あー、はいはい」
前方から「あ!」と大きな声がして驚いて見ると、そこには奏太と同じくらいの男の子と、赤ちゃんを抱っこ紐で抱っこした見知らぬママが砂場にいる。
男の子はスコップを砂場に投げると、まっすぐに奏太の元に走って来た。
…な、なに?
男の子 「わー、かっこいい! レッドコマンドみたい! いいな、いいな」
…レッドコマンド?
あー、戦隊ものかな?
うちは見てないんだよね。
うちはね、トーマスとチャギントンと、ドラえもんと…。
男の子 「ねぇ! ぼくにかして!」
奏太 「……」
奏太は何も答えず、その場から再び自転車を走らせる。
男の子 「ねぇ!」
男の子が追いかけてくることに気づき、奏太は険しい顔で自転車を必死になって漕いでいる。
あぁ…転ばないでよ?
圭吾ママ「こら、圭吾! 止めなさい!」
赤ちゃんを抱っこしたママが立ち上がり、男の子・圭吾に叫ぶけど全然止める気配はなし。
圭吾 「かして! かしてってば!」
カーブを曲がろうとして、うまくできずモタモタしていた奏太の自転車を圭吾が掴んで引っ張り始める。
圭吾 「おりて!」
圭吾ママ「圭吾!」
奏太 「ママー!」
キリコ 「奏ちゃん…」
圭吾が奏太をムリヤリ自転車から下ろそうとして、奏太は今にも泣きだしそうだし、圭吾ママが圭吾を止めさせようとして圭吾が騒いでるし、赤ちゃんは驚いて泣き出すし…。
カオス…。
公園来て数分でカオス…。
圭吾ママが細い腕で強引に圭吾を掴み、奏太から引き離した。
すごい…。
その細い体にそんなパワーがあるなんて…。
私なんてムダに腕ふといのに…。
本当ムダに…。
圭吾 「…ぎゃああああ!」
わ、泣いちゃった。
キリコ 「奏ちゃん、自転車すこし貸してあげたらいいじゃん? 乗りたいんだって」
奏太 「やだ」
圭吾 「…ぎゃああああ!」
キリコ 「奏ちゃん!」
奏太 「やだ…うわーん!」
奏太も泣きだし、圭吾ママが慌てて奏太に声を掛ける。
圭吾ママ「ごめんね、急に驚かせちゃったよね」
キリコ 「すみません…うちも貸せなくて」
圭吾ママ「いえいえ! この子、ファイブコマンドがすごい好きで…。一番好きなレッドが乗ってるバイクの色にこの自転車が似てるから、乗りたくなっちゃったんだと思います…」
あぁ…なるほどです。
圭吾ママ「ほら、圭吾かえろ? ご飯食べないと」
圭吾 「…ぎゃああああ!」
奏太 「ママ、あっちいこう」
キリコ 「え、あ、うん…」
私は圭吾ママに軽く会釈をしてその場を離れた。
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