日本生まれの技“ジャパン・エア”。日本の名を冠したこのエアトリックは1980年代のスケートボード界で生まれ、その後スノーボード界にも広がった。現在では、男子ハーフパイプ日本代表の平野歩夢も自身のレパートリーに取り入れるグラブ技として知られている。
このグラブ技は、進行方向のノーズ側の手でスノーボードのトゥサイドをつかみ、膝を深く曲げて身体を反らすのが特徴。板をつかむ位置と独特の姿勢によって生まれる美しいシルエットは、当時としては極めて革新的なスタイルだった。
米国の老舗スノーボード専門誌『SNOWBOARDER』は、このトリックがジャパン・エア(ジャパン・グラブ)として世界に知られるようになった経緯について、スケートボード界のレジェンド、トニー・ホークの証言をもとに紹介した。1985年2月、トニー・ホークは米スケートボード誌『TRANSWORLD SKATEboarding』の日本特集ページを目にし、そこに小さく掲載されていた独特な形のエアトリックに衝撃を受けたという。
「あんなエアは見たことがない!」
トニー・ホークは当時を振り返り、「雑誌を見て、自然と“ジャパン”と呼ぶようになったんだ」と語っている。「日本人スケーターの写真があり、キャプションには『JAPAN』と書かれていた。誰かその号を見つけてほしいね」とも回想していた。
同誌は、「この無名のスケーターによる、従来のミュートグラブに独自のスタイルを加えた技が、のちに“ジャパン・エア(ジャパン・グラブ)”と呼ばれる技の原型となった」と報じ、「トニー・ホークはこれに刺激を受け、日本人スケーターの動きを再現し始めた」と伝えている。1985年8月号にはトニー・ホークの写真が2点掲載され、このグラブ技と名称は世界へと広まっていった。
その後、長年謎とされてきた写真の正体が明らかになる。『TRANSWORLD SKATEboarding』の公式ウェブサイトは、ビデオグラファーのブレット・ニコルズ氏からの情報提供を受け、「謎、ついに解明!」と題した記事を掲載。“ジャパン・エア(ジャパン・グラブ)”について、トニー・ホークが目にしたスケーターは、日本生まれのフランス人スケートボーダー、フィリップ・メントンであり、その決定的瞬間を撮影したのが、日本スケートボード界のレジェンド、“デビルマン西岡”こと故・西岡正則さん(2014年7月23日逝去)だったと明かした。
西岡さんは、スケートボーダー、サーファー、アーティスト、写真家、文筆家として多方面で活躍。現代日本のストリートカルチャーに多大な影響を与え、サーフスケート黎明期を駆け抜けた存在だ。
正真正銘、日本で生まれたトリック。現在ではスノーボードのグラブ技“ジャパン・グラブ”としても定着し、ジャンプ中に大きく身体を反らせながら板をつかむその動きは、世界のトップライダーたちが冬季五輪の舞台で披露する象徴的なスタイルのひとつとなっている。
構成●THE DIGEST編集部
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