ブラジルとボブスレー。きっと世界中の人々が、似つかわしくない組み合わせだと感じることだろう。年間平均気温がおよそ25度。冬季五輪に向けたトレーニングをする場所だとは到底思えない。だが、ブラジルのボブスレーチームにとってそれは日常だ。
ミラノ・コルティナ五輪にブラジルは自国史上最大となる14人を送り込んでいる。雪を知らない熱帯の国の代表団だ。参加競技はフィギュアスケート(男子シングル)、フリースタイルスキー、スノーボード、そしてボブスレーの5種目。とくにブラジルで最も期待されているのがボブスレーだ。
チームの愛称は「ブルー・バーズ」。これまで五輪6大会に出場している。ラテンアメリカでボブスレーに継続的に参加しているのはブラジルが唯一だ。実は「ブルー・バーズ」という愛称は最初からあったわけではない。
国際ボブスレー界に参入した当初は、「フローズン・バナナ」と呼ばれていた。氷の上を滑る熱帯のフルーツ・バナナ。どちらかというと自虐ネタに近い命名だ。当時のソリが黄色だったため、そのイメージを強めていた。
しかし、2014年ごろから五輪レベルで安定して戦えるようになってくると、チームは単なるもの珍しい存在だけではなくなってくる。いつしかバナナではなく「ブルー・バーズ」と呼ばれるようになった。由来はブラジルチームが使用する青いヘルメットだ。より真剣で、より洗練された名称だが、氷上の熱帯チームというアイデンティティーは失われていない。
今回、ブラジルチームは新しいソリで大会に臨む。先端が緑、中央が黄、コックピットは青、側面に白字で「BRASIL」。あしらわれた6つの星は2002年ソルトレークシティからの6大会出場を象徴する。02年ソルトレークシティ、06年トリノ、14年ソチ、18年平昌、22年北京、そして26年のミラノ・コルティナだ。
ブラジルがここまでたどり着くまでの苦労は、ドイツや日本、スイス、オーストリアの選手たちのそれとは全く種類の違うもの。当たり前のように氷のトラックで練習する中、すべてを一から構築し、全方向を向いて戦わなければならなかった。ブラジルにはすべてが足りなかった。資金、施設、用具、そして選手も……。
ブラジルボブスレーの歴史は、エドソン・ビンディラッティという選手抜きに語ることはできない。現在43歳のチームの重鎮だ。彼はバイーア州カマムの出身。年間平均気温が30度の小さな海辺の町という、およそボブスレー選手には似つかわしくない真逆の町だ。
11歳で陸上を始め、十種競技で頭角を現わすようになる。98年の世界ジュニア選手権では6位、2000年にはイベロアメリカ選手権で優勝。その後も南米王者2回、ブラジル国内9冠という成績を残すが、夏季五輪の出場にはあと一歩届かなかった。
99年、予期せぬ提案が運命を変える。当時のブラジル・アイススポーツ連盟会長から、ボブスレーをやってみないかと誘われたのだ。「正直、その頃はオリンピックに冬大会が存在することさえ知らなかった」。しかし、88年カルガリー大会のボブスレー競技に出場したジャマイカチームを描いた映画『ジャマイカ・アンダー・ゼロ』(邦題:クール・ランニング)を見て、彼は可能性を信じた。「ジャマイカ人が成し遂げたなら、ブラジル人だってできるはずだ」
ただ前途は多難だった。何よりブラジルに氷のコースはない。そこでプッシュトラックを自作して廃線のレールの上を走らせ、スタートダッシュを鍛えることにした。体重約100キロの4人の選手が、数百キロの鋼鉄を押して動き出したソリに飛び乗る。それはなかなかハードだった。雪山でする練習を、彼らは太陽の下で汗だくになってするのだから。
なかなか実際の滑降ができないため、例えば反射神経を鍛えるためにオートバイを使ったり、ジムのマシントレーニングで脚力を鍛えたり、あらゆる動作を詳細に分析してメニューを組んだりと、雪や氷がないなら、ないなりにどうにかする。こうした適応力こそが、ブラジルの真の武器となっている。
今大会のメンバーにも名を連ねているビンディラッティは、02年のソルトレークシティ大会でプッシャーとしてデビューし、06年トリノ大会ではブレーカー、14年ソチ大会では、技術的、戦略的に最も重要な役割のパイロットに就任。18年平昌大会ではブラジル代表団の旗手を務めた。
22年北京大会にも出場し、世界トップ20という歴史的な順位に輝いた。26年ミラノ・コルティナ大会は、彼にとって6度目の五輪だ。ブラジルのアスリート、とくにウインタースポーツ選手にとって、これは非常に稀なことである。46歳となった今も、ハイレベルな競技を続けながら、後継者を育成もしている。強さの秘密は、過去に励んでいた十種競技だという。
「多くの種目を経験したことで、自分の体のケアの仕方を学んだ。そのおかげで、より長く競技を続けられるんだ」
ビンディラッティ擁するブラジルは25年3月の世界選手権レークプラシッド大会で、4人乗りで13位に入賞。ブラジル史上最高の成績を収めた。何世紀にもわたるインフラを持つ国々が支配するボブスレー界において、雪のない国が世界13位に入ることは、とてつもなく大きな成果である。ビンディラッティはゴールするとヘルメットを脱ぎ、それを強く握りしめて叫んだ。それは25年にわたる鍛錬と自己犠牲の集大成だった。
そう、強調したいのは献身性だ。ブラジルのボブスレー界は、長年選手個人の犠牲によって存続してきた。最大の難問は資金面。マイナースポーツに金を出す者はいない。ボブスレーはとても資金がかかる競技だ。例えばその一番重要な武器であるソリ。現代のソリはカーボンファイバーをはじめとする最先端素材で作られ、1台の価格は最低でも2万ドル(約305万円)、ブレードも1セットで数千ドルする。
雪も伝統も乏しい熱帯の国にとって、その金額をひねり出すのは至難の業だ。10年のバンクーバー大会では資金不足により、ボブスレーはほぼ消滅状態だった。この時ビンディラッティが中心となり、14年ソチ大会に向けて再建を目指した。ほぼゼロからの再出発だ。スポンサーを探して、陸上競技から選手を募集し、このプロジェクトの価値を国に訴え続けた。
ただプロジェクトを継続するために、ビンラディッチは何度も私費を投じてきた。固定の大口スポンサーはなく、公的支援も限られる。チームは競技外で仕事を持つ選手たちの熱意によって支えられている。ビンディラッティは、ジムでパーソナルトレーナーとして働きながら費用を捻出している。
必要な経費はソリだけではない。雪のある北米や欧州への遠征費、宿泊費、練習トラックの使用料、装備のメンテナンス費。五輪出場ともなれば全体では数十万ドルに達する。今大会前もブラジルチームはスイスで最終調整を行なった。
ミラノ・コルティナ大会のボブチームは、ビンディラッティの他にダビドソン・デ・ソウザ、ルイス・バッカ、ラファエウ・ソウザと、予備メンバーのグスタボ・フェレイラで構成されている。とくにダビドソンには特別な経歴がある。彼はカナダ国籍を持つが、ブラジル以外のために競技しようと考えたことは一度もないという。
「私はブラジル人であり、ブラジル人として死ぬだろう。ブラジルを代表することは、この上ない名誉だ」
実は作曲家でもあり、ブラジルのボブスレーチームの応援歌を仕上げて見せた。24年に右大腿骨を複雑骨折するという大きな事故に遭ったが、その回復力は驚くほどだった。
今大会、ブラジルは前回の北京大会(2人乗りが29位、4人乗りが20位)を上回る成績を目標としている。決勝に進出してトップ20に入るだけでも、それは歴史的な快挙となるだろう。しかし、チームはそれ以上のことを夢見ている。
調子は良好だ。ビンディラッティはキャリアの中で、今が最高のコンディションにあると語っている。チームは結束しており、大会前にはスイスのサン・モリッツで行なった合宿で技術的な自信を深めた。
ブラジルチームは、2月16日、18日、21日、22日にコルティナ・ダンペッツォでの2人乗りと4人乗りに出場する予定だ。表彰台に上がるのは難しいかもしれないが、対戦相手からリスペクトされる存在ではある。そのリスペクトは、ブラジルチームがこれまで1メートルずつ、1コーナーずつ積み重ねてきたものだ。
ビンディラッティは「今シーズンは予想以上の結果が出ている。素晴らしいシーズンだ。これはチームワークの賜物であり、私たちは非常に息が合っている」と手応えを感じている。
ダビドソン・デ・ソウザ、通称ボカは「今の我々のメンタルは非常に充実している。何者もこの集中力を奪えない」と気合十分だ。
6つの星とともにブルー・バーズがコルティナのコースを滑り降りるとき、彼らは単なるタイム以上のものを追い求めている。それは、熱帯の国があらゆる苦難を乗り越えて氷上に居場所を築くという夢だ。
本番でのタイムがどんなものになろうと、彼らはすでに最も重要な闘いに勝っている。オリンピックに地理的、気候的な限界なんて存在しないと証明したのだから。
文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとして中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中を飛び回って現場を取材。多数のメディアで活躍する。FIFAの広報担当なども務め、ジーコやカフー、ドゥンガらとの親交も厚い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。
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