初めてトロフィーを手にしてから、実に5年半の年月が流れていた。
その間、2023年に全仏オープン決勝に到達し、ランキングも8位を記録。ただ手首の手術をはじめ、数々のケガに勢いを削がれてきた。
そのカロリーナ・ムチョバ(チェコ/現世界ランキング11位)が、今年の女子テニスツアー「カタール・トタルエナジーズ・オープン」(カタール・ドーハ)でキャリア2度目のツアー優勝を達成。それは29歳を迎えた彼女にとって、初のWTA1000のカテゴリータイトルでもあった。
ムチョバはファンや関係者たちから、その端正なプレースタイルで、常に高く評価されてきた選手である。サービスとフォアハンドを軸に、スライスやネットプレーを散りばめて、立体的なテニスを構築。ただ、試合が続くと大小様々なケガに行く手を阻まれる。持てる才能に比して結果が出ない...そのような評価の選手でもあった。
今大会の決勝を迎えた時、本人にも、長くタイトルから離れているがゆえの不安はあったのだろう。
「正直に言うと、試合前はかなり緊張していた」と、優勝会見でムチョバが明かす。
「最後に優勝してから随分と時間が経ってしまったので、自分に『どうやってこのような状況に対処すべきか』を、いろいろと言い聞かせなくてはいけなかった」
そして彼女は、自身への教えを実践する。決勝の相手は、19歳のビクトリア・エムボコ(カナダ)。この1年でランキングを300位以上ジャンプアップし、既に初のトップ10入りも決めている。日の出の勢いの若きスターは、恐れなく向かってきた。
その若い勢いをムチョバはスライスでいなし、揺さぶり、そして刺すようにネットに詰めてボレーを放つ。それは彼女自身のプレースタイルではあるが、いつも以上に多彩なショットを打つことを心掛けたという。
それは、エムボコのこれまでの勝ち上がりにあった。エムボコは準々決勝でエレーナ・ルバキナ(カザフスタン/3位)を、そして準決勝ではエレナ・オスタペンコ(ラトビア/27位)を破っている。そこで「彼女(エムボコ)は多くのハードヒッター相手に打ち勝ってきた」を念頭に入れ、緩急を多く用いた。
その策が奏功したことは、エムボコの言葉が証明している。
「彼女(ムチョバ)は、とても多彩なショットを打ってくる。ルバキナとオスタペンコと対戦した後、彼女のような異なるプレースタイルに適応するのは難しかった。彼女はオールラウンダーで、穴のない完成度の高いテニスの持ち主。攻撃と守備、スライスなど次々に異なることをしてくるので、私はガードが下がる状態になってしまった」
1度の対戦という“点”ではなく、勝ち上がりという“線”を踏まえた上での戦術立案。6-4、7-5のスコアは、ムチョバの経験の勝利だったと言えるだろう。
そのようなムチョバの6年半ぶりの戴冠の背後にいるのが、恐らくは新コーチのスベン・グローネフェルトだ。若き日のロジャー・フェデラーや全盛期のマリア・シャラポワを指導し、ダニエル太郎の躍進の立役者でもある名コーチは、今季からムチョバの参謀としてチームに加わった。
ムチョバは“グローネフェルト効果”について、「フレッシュなエネルギーと、幾つかの新たなことをチームにもたらしてくれた」と言うにとどめ、詳細は明かさない。
そこでグローネフェルト氏に、ムチョバの会見での発言を伝えた上で「“新しい何か”を具体的に教えてもらえますか」と尋ねたところ、次のような丁寧な言葉が返ってきた。
「カロリーナが多くを語らなかったのなら、私も、我々の取り組みについては明かさないでおこうと思います。何がうまくいって今回の結果が出たのか、これから分析しなくてはいけないからです。
それに私自身、彼女の信頼を得るには、まだ時間が必要だと思います。私に関心を持ってもらえたことはうれしいですが、もう少し時間をください。今は純粋にこの結果をうれしく思うし、同時にこれは、まだ先の長い旅の始まりに過ぎないと思っています」
「明かせない」ということは、明確な取り組みがあったことの示唆。同時に、選手との信頼関係を重んじるコーチだからこそ、選手の信用を得ているのだろう。
誰もが認める豊かな才能を、勝利という形に残す――。そのノウハウを知る参謀を得た今、ムチョバの最高の時は、「長い旅」の先にありそうだ。
現地取材・文●内田暁
【動画】ケガに苦しんできたムチョバが5年ぶりにタイトルを手にしたカタール・オープン決勝ハイライト
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