最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
南米勢初の金メダル、カーニバルの熱狂をしのぐ一大事「単なるスキーヤーからブラジルの魂に」元サッカー少年が雪山で成し遂げた前代未聞の快挙【冬季五輪コラム】

南米勢初の金メダル、カーニバルの熱狂をしのぐ一大事「単なるスキーヤーからブラジルの魂に」元サッカー少年が雪山で成し遂げた前代未聞の快挙【冬季五輪コラム】

ブラジル人にとって何よりも大事なもののひとつが、カーニバルだ。

 いまは2月。まさにカーニバルのシーズンである。サンバチームが街に繰り出し、国中のあらゆる場所で祝祭が繰り広げられている。しかしそんな熱狂をもしのぐ出来事があった。冬季オリンピックでのブラジル史上初の金メダル。ルカス・ピニェイロ・ブローテンが大回転で表彰台の一番高い場所に立ったのである。

 雪のないブラジルで冬季オリンピックの知名度はほとんどない。そんな太陽の国で、スキーが初めて大きな注目を集めた。カーニバルのパレードのライブ中継が、ルカスの大回転のためにすべてが中断されたのだ。それはまさに歴史的な瞬間と言ってもいい。リオの太陽が、氷上の祭典を見るために立ち止まった。

 ブラジルだけでなく、南米においても、スキーで金メダルを手にした選手は彼が初めてだ。そんな前代未聞の快挙を成し遂げたルカスとは、いったい何者なのだろうか?

 ルカスはノルウェーのオスロで、ノルウェー人の父とブラジル人の母の間に生まれた。3歳の時に両親は離婚。ルカスは母とサンパウロに移住した。その後、親権を得た父とともにノルウェーで生活。休暇のたびにブラジル・サンパウロの母を尋ねた。

 母はルカスに深い愛情とポルトガル語とブラジルの文化を教え、国民料理フェイジョアーダ(黒豆や豚肉、牛肉を煮込んだ料理)を振る舞った。他のブラジルの少年のようにサッカーに熱を上げ、サンパウロFCを応援し、ロナウジーニョの大ファンになった。

「5歳か6歳の頃、ロナウジーニョのビデオを見てサッカーへの愛が芽生えたんだ。ブラジルにいない時も父のパソコンでテクニックやボールタッチを見て、いつもブラジル選手のジョゴ・ボニート(美しいプレー)を楽しんでいた」

  子供の頃、ルカスは「世界最高のサッカー選手になる」と宣言していたという。もしそのままサッカーを続けていたら、別の特別な物語が出来上がっていたかもいれない。

 ルカスの父はスキーの指導者であり、彼もまたスキーを始めた。しかし当初はあまりスキーに夢中というわけではなかったようだ。

「ノルウェーの子どもはとても早くからスキーの練習を始める。ノルウェーのアルペンスキーはブラジルのサッカーのようなもの。でも僕の場合、スキーが好きではなかった。寒いし、服やブーツ、装具が山ほどあって足が痛くなる。ビーチや太陽、海が好きだったのに、どうしてアルペンスキーヤーになったのか自分でも分からないんだ」

 2025年に放送局『ESPN Brasil』の番組「Bola da Vez」でこのように語っている。

 本格的にスキーを始めたのは、9歳の頃。ノルウェーのクラブ「バールムスSK」に所属し、19年のジュニア世界選手権で4位と11位に終わり、スーパー大回転で銀メダル、複合で銅メダルを獲得した。ワールドカップで通算6勝を挙げており、スラロームで4勝、大回転で2勝を挙げている。表彰台に登った数ならば計22回だ。22年北京オリンピックにはノルウェー代表として出場している。

  しかし2024年、自身の個人スポンサーとチームのスポンサーが競合相手だったことから、ノルウェースキー連盟と激しく対立。23歳という若さで衝撃的な引退を発表し、一時はもう競技には出場しないと決心した。

「彼らは僕の人生を支配し、服装や発言までコントロールしようとした。言いなりになる兵士を望んでいたが、僕は芸術家だ」

 一旦立ち止まった彼は、熟考した末、別な形での競技復帰の道を見出した。ブラジルスノースポーツ連盟から緑と黄色のユニホームを着て滑らないかという招待が舞い込んだのだ。

 こうしてルカスは国籍を変え、ミラノ・コルティナオリンピックに出場することになった。迎えたアルペンスキー男子大回転決勝。競技には山岳スキーの絶対的な王者、スイスのマルコ・オーデルマットがいた。1回目でルカスは1分13秒92でトップに立ち、オーデルマットは2番手の1分14秒87。

 2回目の滑走で逆転可能だと思っていたオーデルマットは、しかし、サッカーでも雪上でも、ルカスのようなブラジル人が発揮する魔法のような熱い感情と力を見誤っていた。ルカスの2回の合計タイムは2分25秒00。スイスのライバルをわずか0秒58上回った。

  ルカスの名前が1位と表示された瞬間、スキー競技ではかつてない光景が繰り広げられた。雪の上でスキーブーツを履いたまま、サンバを踊り始めたのだ。表彰台の最上段に呼ばれたとき、ルカスは何百万人もの人々を感動させるジェスチャーを見せた。

 彼は高く飛び上がり、握りこぶしを空へと突き上げたのだ。それはサッカーの王様ペレがゴールを決めるたびに見せていたジェスチャーだった。

 その瞬間、ルカスは単なるスキーヤーから雪山を征服したブラジルの魂となった。
「足だけでなく、魂も使った」と喜びの涙を流しながらマイクに向かって叫んだ。

 会場となったボルミオの観衆の中には、喜びで飛び跳ねる女性がいた。ルカスの恋人、イサドラ・クルス。ブラジルのテレビドラマのスターで、全国民に愛されている女優だ。彼女は競技の数日前、ルカスにブラジル国歌を教えていた。ブラジルの人々に、自分も同じブラジル人であると感じてもらうため、国歌を一語一語間違えなく完璧に歌いたいと願ったのだ。

 胸に手を当てて「オウビラム・ド・イピランガ」と歌い出す姿は、オリンピックの歴史、そしてブラジルの歴史に刻まれる瞬間となった。ロナウジーニョ、ロマーリオ、ロナウドら、多くのサッカー界のレジェンドが偉業を成し遂げたルカスをSNSで祝福した。

 一方、金メダリストをむざむざ失ったノルウェーは複雑だ。

 オスロのメディアのタイトルは苦々しさで溢れている。彼らはルカスに「裏切られた」と感じているが、ノルウェースキー連盟がルカスに対して誤った扱いをしたことは知られている。彼らが育てた才能が、別の国に金メダルをもたらしたことで、連盟幹部に対する激しい非難が巻き起こっている。この日の大回転の表彰台に、ノルウェー人はひとりもいなかった。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとして中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中を飛び回って現場を取材。多数のメディアで活躍する。FIFAの広報担当なども務め、ジーコやカフー、ドゥンガらとの親交も厚い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。

【動画】冬季五輪ブラジル初の金メダリスト、ブローテンが雪山で音楽に合わせリズムに乗る姿 女優の彼女との2ショットも

 

【記事】NYタイムズが激写した、りくりゅうの“一枚” X投稿の閲覧数が驚異の2360万回超え「壁画みたいだ」「まさに歴史的瞬間」【冬季五輪】


【記事】「米国の裏切り者か、時代の寵児か」年収35億円のスキー女王アイリーン・グー、銀メダル獲得も米国内でバッシングの嵐

配信元: THE DIGEST

あなたにおすすめ