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【DeNA】「1月31日はワクワクして眠れなかった」――“男・村田”が初々しく語った二軍監督への情熱「追浜で勝ってヒーロー。そこじゃないんです」

【DeNA】「1月31日はワクワクして眠れなかった」――“男・村田”が初々しく語った二軍監督への情熱「追浜で勝ってヒーロー。そこじゃないんです」

横浜DeNAベイスターズとして歩み始めて15年目。チームは今、ひとつの大きな転換点を迎えている。一軍監督には、かつて横浜の扇の要を担った相川亮二が就任。そして、その相川と歩調を合わせるように、二軍監督の座には村田修一が就いた。

 奇しくも、この二人は「暗黒時代」と呼ばれたTBS時代の横浜に籍を置き、その後、他球団で勝負師としての研鑽を積んだ過去を持つ。1998年を最後にリーグ優勝から遠ざかっているチームに、ドラスティックな変革をもたらすフェーズ。ベイスターズを強くしたかったができなかった過去を背負い、二軍監督としてその使命を果たすと意気込む“男・村田”を追った。
 ☆嘉手納に張り詰めた緊張感

 ファームのキャンプ地、沖縄・嘉手納。メトロノームのリズムに合わせ、若手たちが無心でバットを振り抜く。横では捕手たちが下半身をいじめ抜く過酷なメニューに喘いでいる。その光景を村田修一新二軍監督は鋭い眼光で見つめていた。

「二軍は育成と評価の場であると、常にみんなに言っています。体力をつけるのがキャンプの目的だから、技術を身につけるのは帰ってからやりましょうという話をしてます。みんなしんどそうな顔をしていますけれども、しっかりやってくれていますね。手応えもあります」

 自ら練習メニューの細部にまで携わる指揮官の表情には、確かな充実感が漂う。一軍の相川監督は就任時、「展開や状況を考えた中でプレーしていくことが、当たり前にできるチームになるように」という目標を掲げた。

「相川さんとは横浜でもジャイアンツでも一緒にやってますからね」と村田監督は頷く。旧知の仲であり、同じ「勝者の景色」を見てきた同志。だからこそ、昨年コーチとして帰還した際に感じた違和感は共通していた。

「やっぱりチームとしてやらないといけないことをやりきれていないなと、帰ってきて一番最初に感じましたからね」

☆個の集団からの脱却

 村田監督は、今のチームの現状を冷徹に、かつ愛情を持って分析している。「個々の能力は確かに高いです。個人に任せてプレーしてもらうことはすごくよくて、自分の力を高める練習はめちゃくちゃするんです。でもそれをチームとして動かすときにバラけちゃうんです。勝つ集団にしていくには、やっぱりチームのためのプレー、人のことを考えられる集団にならないといけないんです」。

 この思考は移籍後に培った。「ジャイアンツでプレーして、そのままコーチ業もしました。そのあとはパ・リーグでコーチをしてソフトバンクの野球を見ていると、個がありながらもチームのために野球をしているように見えました。やっぱり強いチームって、そこに母体があって初めて個が生きてくるという考えなんじゃないかなと思いました」。

 それは、振り返れば大学時代から感じていたことだった。「大学時代はそれを大事にして、常に感じながら野球をしていかなくれはいけない」と若き日の村田は心に決めていた。

 だがプロに進んだチームは下位に沈み続けていた。「あまり強くはないチーム状況になると、自分のプレーに走る人たちが増えてしまって…何とか戻そうとしてもなかなか戻らない現状に、もどかしさを感じたことは正直ありました」。キャプテンとして全力疾走を提案し、現コーチの藤田一也ら志を共にする仲間もいた。だが、プレーヤーだけの熱量では打ち破れない壁があった。
 ☆伝統を創る挑戦

 だが今のDeNAには、あの頃にはなかった戦力と熱狂的なファンがいる。

「DeNAになって15年目でファンの方もすごく応援してくれるようになりましたよね。もうひとつチームを上の段階にして優勝できるようにするタイミングなのかなとも思います。それを学びに外に出たと思っているので、それを還元するために帰ってきたとも思っています。他球団でどうやったらチームのためにできるのかを浸透させるように考えながら指導していて、いつかは横浜に帰ってそれをやりたいとずっと思っていましたからね。それを伝統としてやっていけるチームであり続けてほしいです」。
 
☆若き星を導く指標

 二軍監督にタスクが変わった今シーズン。「あまり寝られないことってないんですけど、1月31日はワクワクドキドキして眠れなかったですね」と語る通り、そこには新たな挑戦への純粋な歓喜があった。

 若い選手に伝えたいのは、技術以上の人間力。「いくら野球がすごくできても、やっぱり人として信頼されないと応援はしてもらえないですから。そういう選手って1年だけで終わったりしてしまうものなんです。あいつだったらもう1打席あげたい、もう1人投げさせてあげたいって感じさせるような姿勢で練習しているか。ちょっと失敗してもいいから試合で使いたいと思えるような人間になれれば、間違いなく応援もしてもらえます」。

 日々の取り組みを把握し、スキルアップに繋げる。若手たちに、二軍の球場がある「追浜」で満足するなと、村田は厳しい言葉で鼓舞し続ける。

「みんな横浜スタジアムで頑張りますって入団会見で言っていたこと忘れるなって言い続けたいです。追浜で打って勝ってヒーローです。そこじゃないんです。横浜スタジアムで長く活躍するのが君たちの仕事。常に上手くなりたい、上でやりたいという気持ちで、その1球、1打席に集中しているかを、今年1年間ずっと発信していきます」。

 追浜から横浜へ。距離以上に遠く、時には一生届かないこともある「あの場所」。男・村田はその道を、常勝イズムという確かな道標とともに若い星たちを導いていく。その先にあるのは、自らが果たせなかったあの風景が広がっている。

取材・文●萩原孝弘

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配信元: THE DIGEST

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