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ブラジル・ボブスレーが史上最高成績 “太陽の国”が雪山で見せた“魂” 重鎮引退で転換期も…バトンは新たな世代へ【冬季五輪コラム】

ブラジル・ボブスレーが史上最高成績 “太陽の国”が雪山で見せた“魂” 重鎮引退で転換期も…バトンは新たな世代へ【冬季五輪コラム】

雪が降ることはなく、一年の大半で気温が20度を下回ることはない。氷は通常、カイピリーニャ(ブラジルの国民的カクテル)を作るために使われる。

 そんな太陽の国ブラジルが冬季オリンピックにボブスレーチームを派遣し、史上最高の成績を収めた。2月22日の最終日、ブラジルのボブスレーチームはコルティナ・スライディングセンターのコースを滑走した。

 46歳のエドソン・ビンディラッティが操縦、33歳ダビドソン・デ・ソウザ、29歳のラファエウ・ソウザ、28歳のルイス・バッカがプッシュを担当。4回の滑走で最終総合タイムは3分41秒14。この結果にブラジル国内は大きな歓喜に包まれた。

 順位を見れば世界27チーム中19位だが、その記録は強豪カナダを0.02秒上回っている! いまだかつてブラジルで、19位がこれほど祝福されたことはなかった! ボブスレーの世界で0.02秒は永遠にも等しい長さなのだ!

 ブラジルはボブスレーの2人乗り(ビンディラッティとバッカ組)にも出場して24位。一見、残念な結果のように思えるかもしれないが、こちらもブラジル史上最高の結果だった(過去最高順位は、2人乗りが18年平昌大会27位、4人乗りが22年北京大会の20位)。

  好成績の立役者が、重鎮ビンディラッティだ。太陽の国に冬季スポーツを知らしめたブラジル・ボブスレー界のレジェンドは、ブラジル2億1500万人の人口のうち、200人しか実践していないスポーツに26年間を捧げてきた。2002年ソルトレーク、2006年トリノ、2014年ソチ、2018年平昌、2022年北京、そして2026年ミラノ・コルティナの6大会に出場。当然、ブラジルの出場記録保持者だ。

 レース後、そうした偉業が何でもないことのようにこう言った。

「私ができたなら、誰でもできるよ」

 しかし、そんな簡単な話でないのは誰もが理解している。ドイツ人やスイス人が雪のアルプスでトレーニングしている間、ブラジル人はサンパウロ近郊で、鉄のレールの上でボブスレーを押してトレーニング。サンパウロ近郊の工業地帯サン・カエターノに作られたレールのコースで30度の暑さのなか、4人の男たちが何百キロもの重量を押して汗を流した。

 それを来る日も来る日も。そんなチームが1年のうち6か月も雪が降る国のチームを打ち負かしたのだ。

 その秘訣は単純明快。強い精神力だ。

 ブラジルチームのメンバー、ダビドソン・「ボカ」・デ・ソウザは「我々のメンタルはとても強い」と言い切った。

  リーダーのビンディラッティは、22年の北京大会を最後に現役引退すると発表していたが、新世代のチームを牽引するために復帰。そしてミラノ・コルティナ五輪を終えた今、19位という大記録を置き土産に、人生を賭けた氷上の冒険に幕を下ろす。

「このスポーツが大好きなので、とても悲しい。なにしろ26年だ。もしできるのなら、これまでやってきたこと全てをもう一度経験し直したいが、でもいつかは終わらせなければいけない。その時が来たのは分かっている」

 レース後、彼はそう語った。

 ヴェローナのアレーナで行なわれた閉会式で、ブラジル五輪委員会はビンディラッティにヴェルヂ・エ・アマレラ(緑と黄色)の旗を委ねた。これまでの尽力への感謝を込めてだ。これでビンディラッティは冬季五輪の閉開会式で、3度もブラジルの国旗を掲げたことになる。

  IOC(国際オリンピック委員会)からは、ビンディラッティのヘルメットをスイス・ローザンヌにあるオリンピック博物館に寄贈してほしいと依頼を受けた。ブラジルのボブスレーチームの愛称「ブルー・バーズ」の由来でもある青いヘルメットは、歴史上最も偉大なアスリートたちの記念品とともに展示される。20歳になるまで雪を見たことがなく、太陽の下でトレーニングを積んだウインタースポーツのレジェンドの思い出として。

 ビンディラッティの引退で、ブラジル・ボブスレーの未来は新たな世代に委ねられた。チームは大きな転換期を迎えている。ただ、そこに悲観はない。ビンディラッティはコーチとしてチームに携わる予定で、そんな彼が期待をかけるのが23歳のグスタボ・フェレイラだ。

 フェレイラは、世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得しており、今回のオリンピックでは予備メンバーとして帯同。レースに出場しなかったものの、ブラジルチームの歴史的快挙をともに体験した。雪山でブラジルチームが見せた“魂”のバトンは、次の世代へと受け継がれるはずだ。

 ミラノ・コルティナ五輪の聖火が消えるなか、ブラジル・ボブスレーチームはひとつのことを証明して見せた。ウインタースポーツは寒冷地で生まれた者だけのものではない。それは、魂のなかに炎を持つ者たちのものだ、と。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとして中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中を飛び回って現場を取材。多数のメディアで活躍する。FIFAの広報担当なども務め、ジーコやカフー、ドゥンガらとの親交も厚い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。

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配信元: THE DIGEST

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