
「できるだけ何もしない」バランス感覚は抜群。“五危”を犯していなかった元日本代表指揮官【コラム】
「将に五危あり」
古今東西、最高の兵法指南書と言われる『孫子』、九変篇にはそう記されている。
五危とは、兵を率いる将軍の“五つの危険”を表している。それは軍を敗北させるリーダーの典型、5タイプとも言い換えられる。
一つ目は思慮に欠け、蛮勇を振るう者。二つ目に勇気に欠け、生き延びることしか頭にない者。三つ目に気が強いが短気で、すぐ計略に引っかかる者。四つ目に名誉を重んじ、清廉潔白なのはいいが、すぐに敵に騙される者。五つ目に人情深く兵をいたわるのはいいが、気を遣い過ぎて兵を使えない者。そのどれも、将としていただくにふさわしくない。
もっとも、すぐに気づくことがある。これではほとんどの指揮官が危うく、誰もがどこかに当てはまる。勇ましくしても、臆病でも、強気でも、清く正しくても、人情深くても、危ういのだ。
孫子が言いたいのは、現代風に言えばバランス感覚だろう。極端なリーダーは、一瞬強く輝いたとしても、長い目で見て必ず破滅を招く。人生も、社会も、人間も、常にパラドックスを抱えているものなので、あまりに偏ったマネジメントは破綻をきたす。普通のことを、どれだけ普通にやらせられるか。案外、それが名将の道とも言えるのだ。
たとえば2018年のロシアワールドカップ、急遽、日本代表を率いることになった西野朗監督は、チーム、選手に色を付けなかった。時間が足りなかったのもあり、戦い方の枠組みは与えたが、ピッチの中で選手が試行錯誤しながら答えを編み出す余地を奪っていない。結果的に、それがチームの柔軟性になって、下馬評を覆してベスト16進出を成し遂げている。
ラウンド16の強豪ベルギー戦は語り草で、真っ向勝負を挑んで、一時は2-0とリードし、あと一歩まで追いつめていた。最後は戦力的な力の差で敗れることになったが、西野監督の「できるだけ何もしない」というバランス感覚はすばらしかった。
ピッチで長谷部誠を中心にまとまったチームは、絶え間なく変わる局面を乗り切り、監督のエゴを押し付けられなかったことが幸いしたのだ。
ベルギーを率いたロベルト・マルティネス監督は、くしくも試合後にこう語っていた。
「戦術的な色合いのゲームではなかったね。我々は0-2でリードされて、解決策を探す必要があった。そこで状況を変えられるのはベンチでの采配だったが、戦術うんぬんより選手個々の力量に委ねられていた」
ピッチ内で選手たちが火花を散らせながら、日本は惜しくも敗れた。選手層の厚さが露呈してしまった。しかし、将である西野監督のリーダーシップは間違っていなかった。
五危は犯していなかったのである。
文●小宮良之
【著者プロフィール】こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。
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