
「解決の出口は見えない」いまだに続くエムバペとヴィニシウスの“機能不全”問題 オサスナ戦では「あまりに滑稽な」シーンが話題に…【現地発】
ラ・リーガ第25節、オサスナ対レアル・マドリー(2-1)。その一戦から切り取られた一枚の静止画が、今、必然のごとく拡散されている。そこには、ピッチの同じエリアにひしめき合うヴィニシウスとエムバペ、そして、爆発寸前の頭を抱え、回路をショートさせたかのようにボールを保持したまま彷徨するギュレルの姿がある。
実に見事な、畏怖すら感じさせる光景だ。二人はそこで立ち尽くし、まるでバスを待っているかのようである。エムバペがヴィニの走るべきレーンを占領し、その後ろでヴィニは、どう振る舞えばよいのかも分からぬままエムバペを見つめている。
一瞬、ヴィニシウスはコーナーフラッグまで逃げ出し、そこで踊り始めるのではないかとさえ思えた。私ならそうしていただろう。そうすれば、エムバペも彼を抱擁するためにそこへ向かい、錯乱したギュレルを拘束衣でピッチから運び出す大義名分も立ったはずだ。
写真には、真実を語るものもあれば、文脈を削ぎ落とされ、焦点を歪められたがゆえに虚偽を孕むものもある。だが、この写真は真実を突きつけている。そこには、島の一つも買い取れるほどの富を手にした二人の巨星が、ピッチ上のわずか一タイルの面積を奪い合っているという、マドリー攻撃陣が陥っている機能不全の縮図がある。「7番」と「10番」を巡る熱に浮かされたような混迷は、もう2年近くも続いており、いまだに解決の出口は見えない。
二人の間に最高の化学反応が起きるのは、ヴィニのアウトサイドのパスが、エムバペの力強いストライドに呼応する時だ。だが、ブラジル人がエンドライン深くへ侵入しても、事態は好転しない。かつてクリスティアーノ・ロナウドが指摘した通り、フランス人は純粋なストライカーへと再定義されることはなく、ゴール前の狭いゾーンに姿を現すこともないからだ。
彼の思考回路は、今なおカウンターの局面における「9番」であり、静止状態における「ウイング」のままである。敵を振り切るための空間を自ら整え、野性的な決定力でミドルレンジから強烈な一撃を叩き込む――それが彼の本質なのだ。
二人が互いの邪魔をするのは、これが初めてではない。だが、今回の光景はあまりに滑稽であった。なぜなら、二人ともが「静止していた」からだ。時として、いくら咳き込んだところで体調が回復することはない。必要なのは、リビングの壁に自らの肺のレントゲン写真を掲げ、今こそ禁煙すべき時であることを、嫌応なしに思い知らされることなのだ。
マドリーは今、二つの爆発的な才能が生み出す「恒常的な即興」の中に生きている。ヴィニシウスは広大な野を焼き尽くす「火災」であり、エムバペは優位性を糧とする「捕食者」である。
足元にボールを置き、左右を見渡しながら立ち尽くすギュレルの姿は、もはや無意識のメタファーであり、純粋なノスタルジーですらある。この若き才能は二つの太陽を目の当たりにし、どちらの軌道を回るべきかを見失っているのだ。左を見ればヴィニシウス、同じく左にエムバペ、そして右を見れば...誰もが当惑し、立ち竦んでいる。
ブラジル人は、そのプレーが自らの掌中にあると実感するために、幾度もボールに触れる必要がある。対してフランス人は、ファーストタッチが即座に脅威となることを求める。
この二人は異なる言語を操っており、それらが重なった時、神ですら理解不能な混沌が生まれるのだ。本人たちはもちろん、歴代の指揮官たちも同様である。アンチェロッティも、シャビも、そして今のアルベロアも、その回答を見出せていない。
解決策は、両者を切り離すことにあるのかもしれない。エムバペを右へ、ヴィニを左へ据え、中央にゴンサロ、あるいはロドリゴを配置する。あるいは、エンドライン際からの折り返しにただ当たるだけで、ゴールへと流し込める「家具」のような存在を置くべきか。そのボールは今、嘲笑と悲哀を湛えながら、無人のゴール前を通り過ぎている。
もっとも、二人の本性を放棄させることに解決策はない。肝要なのは、それらを「秩序」の内に収めることだ。誰か(例えば、監督という職を預かる者)が、どこから攻め、誰が誰を補完し、いつ一方が他方の守備を肩代わりすべきかを決定せねばならない。そして、それを遂行せぬ者を、そう――ピッチから去らせる勇気を持つことだ。
過去10年間の偉大なるマドリーは、単なるスターの集積ではなかった。そこにはモドリッチとクロースによって統制された、外科手術のような精密さを誇る「空間の分配」が存在したのだ。「7番」は「9番」が然るべき位置にいると信じ、「8番」と「10番」の奏でる静寂が、混沌を秩序へと変容させていた。
今、ヴィニとエムバペは、一枚の「ドリアン・グレイの肖像」を共有している。若さという仮面の裏で真実が腐朽していくその絵画のごとく、二人の若々しき才能がもたらすはずの化学反応の影で、憐れなギュレルは、すでに36歳のような老いと疲弊を背負わされているのである。
文●マヌエル・ハボイス(エル・パイス紙ジャーナリスト)
翻訳●下村正幸
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