最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
脳トレ四択クイズ | Merkystyle
「ベルギーの頃はナメられていた気がする」田中聡が2度目の欧州挑戦。同じ“タナカ”で比較されることも「違ったスタイルで勝負していきたい」【独占インタビュー①】

「ベルギーの頃はナメられていた気がする」田中聡が2度目の欧州挑戦。同じ“タナカ”で比較されることも「違ったスタイルで勝負していきたい」【独占インタビュー①】


 2026年1月の欧州移籍期間に、Jリーグから欧州挑戦に打って出た選手が何人かいる。ドイツ・ブンデスリーガ1部へ赴き、いきなり定位置を確保した安藤智哉(ザンクトパウリ)のような成功者もいる一方で、欧州で布石を打とうとしている市原吏音(AZ)、齋藤俊輔(ウェステルロー)のような若手もいて、それぞれの置かれた環境は様々だ。

 そんななか、2度目の欧州移籍に踏み切ったのが、田中聡(デュッセルドルフ)である。ご存じの通り、湘南ベルマーレのアカデミーで育った彼は、20歳になったばかりの2002年夏、ベルギー1部のコルトレイクに期限付き移籍。最初は試合に出ていたものの、途中から出番を失い、1年でJリーグに復帰。大きな挫折を味わったのだ。

 それから2年半の間に湘南、サンフレッチェ広島で実績を積み重ね、2025年7月にはE-1選手権(龍仁)で日本代表デビュー。着実に評価を引き上げ、今回、2度目の海外移籍を勝ち取った。

 ブンデス2部ではあるものの、1月16日のビーレフェルト戦からほぼフル出場しており、最高の滑り出しを見せている23歳のボランチに、新天地行きの経緯や現状、今後のビジョンを語ってもらった。

――◆――◆――

「デュッセルドルフは日本食のスーパーもあって生活もしやすいし、チームの施設面も整っている。今は最高の環境でやらせてもらっています。

(マーカス・アンファング)監督もコーチも基本的にドイツ語しか喋らないんですけど、チームメイトにドイツ語の堪能な(アペルカンプ)真大君がいるので、練習内容とか戦術については翻訳して教えてもらっています。

 コルトレイクの時も渡辺剛(現・フェイエノールト)君がいて、当時は英語だったんですけど、剛君がほとんど理解していたんで、よく教えてもらっていました。なので、新チームへの入りはあまり変わらない気がします」
 
 ドイツで新たなキャリアを踏み出した田中は冷静に言う。とはいえ、異国でのプレーが未経験だった前回とは異なる部分も、もちろんあるようだ。

「ベルギーの時はどういう立ち振る舞いをすればいいか分からなかったんで、遠慮がちになってしまうところも少なからずありました。でも今は『日本人っぽくない姿勢』を示しているのかな(笑)。

 チームメイトにはかなり要求もしますし、何か言われたら言い返すこともある。今、振り返るとベルギーの頃は正直、ナメられていたところもあった気がするんで、強気で行くことが大事だと思いながら、今はサッカーに向き合っています」と彼は力を込めていた。
 
 こうして2つ目の異国で力強い一歩を踏み出した田中。ただ、本人はベルギーからJリーグに復帰した段階から「もう1回、欧州へ行きたい」と熱望していた。2年半という月日の経過はあったが、ずっとチャンスを窺い続けていたのである。

「僕にとって日本代表や欧州5大リーグでのプレーというのは、小さい頃からの夢でした。ベルギーから帰った時も『またすぐに海外へ行きたい』と思っていました。

 だけど、2023年の夏から2024年まで湘南でプレーしていた時は声がかからなかった。同じタイミングで広島から誘ってもらいました。『広島へ行ってそこでレベルアップしたら、海外からのオファーも届きやすくなるかもしれない』と感じて。湘南から広島へ行って、わずか半年で海外移籍した大橋(祐紀/ブラックバーン)君の姿も目の当たりにしていたので、自分の可能性が広がるのかなという期待はありました。

 広島ではドイツ人の(ミヒャエル・)スキッベ(現・神戸監督)さんのもとでやらせてもらいました。攻撃面で自由にやらせてもらって、自分の良さを出せた。その結果としてE-1の日本代表にも呼んでもらえました。

 あの時の代表は国内組だけでしたけど、森保(一/日本代表監督)さんから『世界基準を理解してほしい』と言われ、外国人と互角に渡り合っている代表選手の話も聞きました。国際経験が豊富な長友(佑都/FC東京)さんからも『海外へ行った方がいい』というアドバイスがありましたし、今回、デュッセルドルフの話をもらった時はまったく迷うことはなかったですね」と、田中はここまでの流れを振り返る。
 
 代表のボランチ陣に目を向ければ、田中と同じ湘南アカデミー出身の大先輩・遠藤航(リバプール)を筆頭に、守田英正(スポルティング)、田中碧(リーズ)、佐野海舟(マインツ)など、名を連ねているのは全員が欧州組。「将来は遠藤航さんみたいになりたい」と10代の頃から憧れ続けた田中が、偉大な先人と同じ土俵に立とうと思うなら、ドイツ行きのチャンスを逃すことはあり得なかったに違いない。

「2度目の海外に来て、ブンデス2部でやっていますけど、やっぱりブンデス1部やプレミアリーグに所属するだけでも大変なこと。そのなかでスタメンを勝ち取ることの難しさを今、改めて痛感させられます。もう本当にリスペクトしかない。それが素直な今の気持ちです。

 ただ、航さんもシュツットガルト入りして、最初はブンデス2部からのスタートだった。デュッセルドルフも2部ですけど、サポーターの熱が凄いし、選手たちも這い上がってやろうという野心に満ち溢れている。自分も活躍したら1部が見えてくると思うし、すべては自分次第なのかなと感じます」
 
 同じデュッセルドルフからリーズにステップアップした田中碧の歩みは、田中にとって分かりやすい目標だろう。同じ苗字ということもあり、チーム関係者やサポーターからの期待値は少なくないはずだ。

「田中碧君の活躍は日本にいた時から見ていましたし、1月の加入当初は現地メディアに田中碧君と比較されることがすごく多いですね。『田中碧はこうだった』みたいな話が取材の中で1回は出てきましたからね(笑)。そういう環境なので、どうしても意識してしまいます。

 ただ、プレースタイルは全然違う。 田中碧君はパス出しやゲームメイクが特長で、すごくうまい選手だと思いますけど、自分はボール奪取とか局面の強さだったりが売り。違ったスタイルで勝負していきたいと考えています。

『デュッセルドルフのタナカ』が自分になったかどうかはまだ分かりませんけど、目の前の試合を大事にして、チャンスをモノにして、近い将来、ステップアップできたらいいと考えています」と、田中は地に足をつけて、田中碧とは異なるプレーヤーであることを示していく構えだ。

 アンファング監督も田中のことを高く評価している様子。今は攻守の要であるアンカー役を任されていて、チームのキーマンに指名されたと言っていい状況だ。
 
「監督は戦術というよりかは、情熱・球際・激しさで戦うタイプ。タフさを押し出す僕自身にはすごく合っていますね(笑)。

 ただ、アンカーで出ているので、監督からは『そんなに動き回るな』と結構しつこく言われています。でも、自分のプレースタイル的には全方向に動き回りたいタイプなんで、その加減がすごく難しいけど、指示を聞きながらやっている感じです」

 攻守のバランスを取る難しさを感じながらも、2月1日のパーダーボルン戦ではアペルカンプの先制点をアシストしている。ペナルティエリア内まで侵入し、敵を外してラストパスを送る形だった。そういう攻撃の持ち味が目に見える結果となって表われたのは朗報以外の何物でもないだろう。

「やっぱり結果じゃないですかね(笑)。あそこで点を取れたんで、監督からは何も言われていないですけど、ボールを奪われてカウンターを食らって失点したら、たぶんものすごく怒られたんじゃないかなと思います。

 ここまで出た試合で、ああいう攻め上がったシーンは数えるほどしかない。練習の中でも『ナンバー6のところにいろ』と口を酸っぱくして言われているので。でも、自分としてはアシストやゴールにも絡みたい。早くベストな落としどころを見出したいと思っています」

 前向きな感触を掴みながらも、やはり壁はある。それが今の田中の現状と言っていいのではないか。ここから指揮官の信頼を深めることで、プレーの自由度が広がるだろう。そういう環境を作るべく、彼は今、模索の日々を過ごしている。

※第1回終了(全3回)

取材・文●元川悦子(フリーライター)

【画像】Jリーガーが好きな女性タレントは?長澤まさみ、ガッキー、広瀬すずらを抑えての1位は…

【画像】絶世の美女がずらり! C・ロナウドの“元恋人&パートナー”たちを年代順に一挙公開!

【記事】日本は「恐ろしい」 5大リーグで“16+9”に中国衝撃!「羨ましくないと言ったら嘘になる」
配信元: SOCCER DIGEST Web

あなたにおすすめ