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【名馬列伝】本命党を悩ませた“ムラ駆け”の帝王ダイタクヘリオス 個性派の韋駄天が達成したマイルCS史上2頭目の偉業

【名馬列伝】本命党を悩ませた“ムラ駆け”の帝王ダイタクヘリオス 個性派の韋駄天が達成したマイルCS史上2頭目の偉業

そのスピード能力は折り紙付き。ただし、気性の難しさもまた彼の“裏看板”として誰にも知られるところ。スムーズに先行できれば比類ない速さで他を圧するが、気難しさを出せば口を割り、頭を上げてあっさり凡走してしまう。気分よくレースができるかどうかはゲートが開いてみるまで分からない。強さと脆さを併せ持つことがファンの心を掴んで離さない個性派の韋駄天、それがダイタクヘリオスという平成初期を代表する快足馬だった。

 1984年春のクラシックで「シンボリルドルフのライバル」と呼ばれたビゼンニシキを父に持つ牡駒が生まれたのは1987年の4月10日、北海道・平取町の清水牧場でのことだった。母のネヴァーイチバン(父ネヴァービート)は仔出しの良い肌馬で、のちにダイタクヘリオスという名を授けられる黒鹿毛の牡馬は、母の10番目の子どもだった。

 牧場での評判はいたって平凡なものだった。病気をしない丈夫さは評価されていたものの、頭が大きいという身体的な特徴は見たものにバランスの悪さを感じさせるもので、オープン入りし、セントウルステークス(GⅢ)で3着に入った半姉のスイートラブ(父テスコボーイ)と比べて劣ると見られていた。
 
 スイートラブと同様に栗東トレーニング・センターの梅田康雄厩舎へ入ったダイタクヘリオスがデビューしたのは1989年10月の京都。当時は同一開催内であれば複数回出走することが可能だった新馬戦を、のちにも主戦を務める岸滋彦を背に3回走ることになる。デビュー戦(芝1400m)が3着、2走目(ダート1200m)を2着とした彼は、3走目(芝1600m)を逃げ切って初勝利を収めた。

 次走のデイリー杯3歳ステークス(現2歳ステークス、GⅡ)は4着に敗れたが、続く400万下(現1勝クラス)を逃げ切って2勝目を挙げた。そして彼が大いに名を挙げたのは、当時、関西の3歳(現2歳)チャンピオン決定戦として行われていた阪神3歳ステークス(GⅠ)。鞍上に武豊を迎えて気分よく逃げると、ゴール寸前でコガネタイフウに差されたものの、同タイムのアタマ差の2着に粘り込んだのだ。

 この好走でクラシック候補の一端に名を連ねたダイタクヘリオスだったが、ことはそう簡単には運ばなかった。3歳初戦のシンザン記念(GⅢ)こそ2着に食い込んだが、距離が伸びたきさらぎ賞(GⅢ、芝2000m)は先行して6着、皐月賞トライアルのスプリングステークス(GⅡ、芝1800m)も逃げて11着に大敗。陣営はクラシックディスタンスは距離不適と判断し、以降は短距離路線へと舵を切ることとなった。

 すると答えはすぐに出た。芝1200mのクリスタルカップ(GⅢ)は2番手から抜け出して2着に2馬身半差を付けての快勝。重賞初制覇を遂げると、次走の葵ステークス(OP)を連勝。続くニュージーランドトロフィー4歳ステークス(GⅡ)もミュージックタイに差されはしたものの、しぶとく2着に粘り込んで世代トップクラスのスピード能力を披露した。

 前年11月からほぼ休みなく12戦を走ってきたダイタクヘリオスは初めて本格的な休養に入ったが、疲労がなかなか取れず、復帰は11月のマイルチャンピオンシップ(GⅠ)にまでずれ込んだ。これは急仕上げも堪えてか17着に大敗したが、続くシリウスステークス(OP)は4着と復調。スプリンターズステークス(GⅠ)をバンブーメモリーの5着として3歳シーズンを終えた。
  古馬になってからのダイタクヘリオスは、いわゆる“ムラ駆け”の代表たる競走生活のスタートを切ることになる。4歳シーズン、OPで凡走するかと思えば、武豊を二度目に迎えたマイラーズカップ(GⅡ)では4番手からレースを進めると、直線では独走態勢に持ち込んで2着に5馬身もの差を付けて圧勝。さらには単勝10番人気で迎えた安田記念(GⅠ)ではダイイチルビーにこそ差されたものの、1番人気のバンブーメモリーを抑えて2着に激走と、掴みどころのないキャラクターが本命党の馬券ファンを悩ませ、逆に個性派を愛するマニアックな競馬ファンを欣喜雀躍させた。

 高松宮杯(GⅡ)を5番人気で制して春シーズンを締め括った“ムラ駆け”の帝王、ダイタクヘリオスにも、ついに頂点に立つ秋がやってくる。

 
 毎日王冠(GⅡ)を2着、スワンステークス(GⅡ)を9着とし、単勝4番人気で迎えたマイルチャンピオンシップ。ダイタクヘリオスは気持ちよく先頭を奪うと、1000m通過が59秒5というマイペースの逃げに持ち込む。そして直線、いち早くスパートをかけて後続を突き放すと、オッズ1.8倍の圧倒的1番人気に推されたダイイチルビーの追い込みを2馬身半差に抑え込んで逃走劇を完遂。気分を損ねず、自分のペースで行けると強い“気分屋”のキャラクターそのままに、デビュー24戦目、とうとう念願であるGⅠタイトルの戴冠へと辿り着いたのである。

 GⅠホースとなっても、王者らしからぬ”ムラ駆け”の癖が変わらなかったのがダイタクヘリオスの愉快なところ。1番人気に推された安田記念であっさり6着に敗れる一方、4番人気だった毎日王冠ではまたもマイペースの逃げで勝利を収めるなど、ファンを翻弄し続けた。そんな流れのなか、注目されたのは天皇賞(秋)(GⅠ)。宝塚記念(GⅠ)を逃げ切ったメジロパーマーと二度目の対決となったこの一戦で、両者はお互いに先を譲らない狂気の逃げ争いを展開。1000mの通過が57秒5という殺人的ペースを作り出し、ダイタクヘリオスが8着、メジロパーマーが17着と共倒れ。その超ハイペースに乗じて一気に進出した単勝11番人気のレッツゴーターキン、5番人気のムービースターという追込馬どうしの大穴決着を導くことになった(馬連の払戻金は1万7220円)。

 天皇賞の暴走もあってか、ディフェンディングチャンピオンでありながら2番人気に甘んじて迎えたマイルチャンピオンシップ。ここでのダイタクヘリオスは一変して、おとなのレース運びを見せる。行く気を見せたイクノディクタスを先へやって2番手を追走。第3コーナーから馬なりで先頭を奪って直線へ向くと、あとは前年を再現するかのように早めのスパートで後続を引き離し、1番人気を譲ったシンコウラブリイの追撃を1馬身半抑えてゴール。1984~1985のニホンピロウイナーに次ぎ、レース史上2頭目となる2連覇という偉業を達成した。

 その後、1番人気で臨んだスプリンターズステークスを4着としたマイル王者は連闘で有馬記念(GⅠ)に出走。またもメジロパーマーとの熾烈なハナ争いを演じたが、メジロが逃げ切りで勝利を収めた一方、自身は12着に敗れて、この一戦を最後に現役生活の幕を閉じた。

 それから8年後、2000年のスプリンターズステークス。16頭中最低人気、単勝オッズ257.5倍の牡馬が驚愕の優勝を果たす。それはダイタクヘリオスの初年度産駒で、すでに7歳となっていたデビュー33戦目のダイタクヤマト。本命党を嘆かせ、マニアックなファンを歓喜させたその構図は父とそっくりだった。
<了>

文●三好達彦

【動画】ダイタクヘリオスがマイルCS連覇!
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配信元: THE DIGEST

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