一瞬、そのスウィングは止まって見えた。
強く振り切ったというより、スローモーションのようにゆっくり滑らかな振りで、それでいて打球だけがあっという間に右翼スタンドに届いたのだった。
「いや、本当にタフなピッチャーで、少し見慣れないピッチャーだった。自分自身もちょっと打たされた打席が多かったんですけど、最後は一球で仕留めれました。たまたまだと思います」
3月8日、侍ジャパンがオーストラリアとのワールドベースボール・クラシック(以下WBC)第3戦に臨み、4対3で逆転勝利を挙げて決勝ラウンドへ1位進出を決めた。7回裏、4番の吉田正尚(レッドソックス)が放った逆転の2ランが決勝点となった。
一筋縄では理解することができない。それが吉田正尚という男の打撃理論である。打ったのは変速左腕投手のスライダー。なぜ、あれが切れないのか。それも、窮地の中での一発に言葉が出なかった。
他の試合の結果により、このゲームが始まる前に1次ラウンドの勝ち抜き自体は決まっていた。それが心理的に影響したのか、どこか、この日の試合が淡々と進んでいった印象がある。先発した菅野智之(ロッキーズ)が危なげなく4回無失点で切り抜けたが、打線の方に勢いがなかった。6回まで散発の3安打とオーストラリア投手陣に翻弄された。フライアウトが多いのは今大会の侍ジャパンの特徴とはいえ、四球を選んでもなかなかチャンスが広がらないヤキモキとした展開が続いていた。
2番手の隅田知一郎(西武)が5回からマウンドに上がり、このイニングはピシャリと抑えたものの、6回表には1死から右翼線に二塁打を浴びた後に三盗を許すと、捕手の若月健矢(オリックス)が三塁へ暴投。ミスで1点を献上した。嫌な流れではあった。
大谷翔平(ドジャース)、鈴木誠也(カブス)、近藤健介(日本ハム)の打球がことごとく外野手のグラブに収まるなど苦しい試合展開で、7回裏を迎えていた。この回も先頭の大谷が四球で出塁するも、鈴木、近藤が続けて凡退。走者を進めることさえできなかった中で、吉田の打席を迎えたのだった。長打が欲しいところではあったが、相手投手が変速左腕であることを考えると、そう簡単なことではないと思えた。
しかし、吉田は周囲の予想を良い意味で大きく裏切った。低めのスライダーをすくい上げると、右翼スタンドに綺麗なアーチを描いたのだった。高橋宏斗(中日)らが沸き立つ侍ジャパンベンチの様子は、2023年のWBC準決勝メキシコ戦を想起させた。当時、吉田は0対3、ビハインドの展開から同点の3ラン本塁打を放っている。今回はどんな気持ちで、どうやって打ったのだろう。
「つなごうと思って打席に入りました。打てると思ったんで打ちました。手に感触が残ってないんで振り切っていたということだと思います。良いバッティングをした時は手に感触が残らないんで」
難しい低めの球をどのように打ったのか。いつも吉田の頭脳に触れようとすると理解不能な言葉が返ってくるが、今回の本塁打は完璧なもあったことは理解ができた。「劣勢の時にどう考えるかっていうと、何も考えない。平常心。それだけです」。前回大会に続いての救世主となったことに、ただただ驚くばかりである。
昨季、レッドソックスでは55試合出場にとどまり、打率266、4本塁打。すべてにおいてキャリア最低の数字だった。それだけにトレードの噂も絶えず、今回の代表入りについても懐疑的な意見も少なくはなかった。「無理しないほうがいい」、「シーズンに集中したほうがいいのではないか」。少なからず、そんな声があった。しかし、吉田はあっけらかんと状態の良さを口にし、そうした意見を一蹴した。
「自分としては去年の後半にかけて少しずつ状態が良くなってきて、体が万全なままスプリングトレーニングに入りました。そのまま日本に帰ってきても、自分の中でフィーリングだったり、体の状態が一番いい。今自分で自信を持ってグラウンドに立てていると思います。基本的には自分の強いスウィング、ベストスウィングを打席で表現できたらいいなと思いますし、状況に合ったケースバッティングというんですかね。状況によっていろいろ変わってくると思いますので、そこは僕自身も幅広くバッティングをしていけたらいいなと思ってます。そういう中で引き出しを自分の中で出しながら使い分けをしていきたい」
基本的に吉田は、自分のスウィングをすればホームランになると考えるタイプだ。「本塁打を狙う」という表現は決してしないが、オリックスにいた当時から「自分のスウィング=ホームラン」を思い描いてきた選手だった。
今日の試合は重苦しさもある中で、それを振り切ったのだから恐れ入る。
10日のチェコ戦を終えると、次なる舞台はマイアミ。吉田はこう話す。
「マイアミに行きたいとみんなずっと思ってましたけど、こうやって難しいゲーム続くので、一戦必勝でみんなやってると思います。これからも本当に後悔のないようにしっかりベストなスイングをしたいと思います」
多くを語らないからこそ、こちら側の想像を掻き立ててくれるのが吉田を見る楽しさだ。次はどんな場面で、どんなホームランを放つのか。そして、どんな表現をしてくれるのだろうか。
記憶に残る一発を、また見せてくれるに違いない。
文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
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