
16歳とは思えない完成度。アーセナル逸材がプレミア史上最年少得点記録を樹立。優勝争いの運命を動かした瞬間【現地発】
プレミアリーグの優勝争いが佳境を迎えるなか、エミレーツ・スタジアムでは重圧が極限まで高まっていた。3月14日に行なわれたアーセナル対エバートン戦。スコアは0-0で、時間だけが過ぎていく。エミレーツ・スタジアムの空気は次第に重くなっていた。
その瞬間、ミケル・アルテタ監督がベンチから送り出したのは16歳の少年だった。マックス・ダウマン。この夜、このアタッカーがアーセナルを優勝に前進させる存在となった。
試合はエバートンの粘り強い守備に苦しんだ。アーセナルはボール保持で優位に立ちながらも、決定的なチャンスを作れない。後半に入っても状況は変わらず、攻め続けるものの焦りと緊張がスタジアムを覆っていた。
テクニカルエリアではアルテタ監督が落ち着かない様子で歩き回り、居ても立ってもいられない様子でジャケットを脱ぎ捨てた。
選手たちは走り、パスを回し、シュートを放つ。しかしゴールは遠い。この苦しい展開で指揮官が選んだのが、ダウマンだった。
注目すべきは、その選択だ。アルテタ監督はこの苦しい場面で、プレミアリーグ優勝経験を持つガブリエウ・ジェズスではなく、まだGCSE(英国で16歳が受ける義務教育修了の全国統一試験)も終えていない16歳を送り出した。この選択だけでも、指揮官がダウマンに寄せる期待の大きさが分かる。そして少年は、アルテタの期待に完璧に応えた。
ピッチに立ったダウマンは、すぐに試合のリズムを変え始めた。ボールを持つと迷いがない。仕掛けるべき場面と落ち着かせるべき場面を瞬時に判断し、守備陣の間で危険なスペースを見つけていく。
その能力はすでにトップレベルだ。精巧な技術や広い視野、そして仕掛けるか、ステイするかを見極める判断力。どれも16歳とは思えない完成度だ。
最初の決定的な瞬間は、74分の途中出場から15分後に訪れた。右サイドでボールを受けたダウマンは、顔を上げてゴール前を確認する。そして左足で鋭いクロスを送り込んだ。ボールは緩やかな弧を描きながらゴール前へ吸い込まれる。
エバートンのGKジョーダン・ピックフォードが処理を誤り、混戦に。そのこぼれ球に詰めたヴィクトル・ヨケレスが押し込んだ。時間は89分。ダウマンが待望の先制点を呼び込んだ。
だが、この夜の主役はまだ仕事を残していた。数分後、エバートンは同点を狙ってGKピックフォードまで前線に上げてコーナーキックを放った。そのボールを回収したアーセナルはカウンターに転じる。ボールを受けたのは、自陣深くにいたダウマンだった。
そこからのプレーが、ダウマンの素晴らしさを象徴するものだった。守備の選手がブロックに入ろうと迫ったが、ここで彼は、ほんのわずかにドリブルのスピードを緩めた。相手が飛び込んでくるタイミングを、すでに察知していたのだ。
マーカーは完全に体勢を崩し、ダウマンはあっさりとその横をすり抜けた。判断力と技術が見事に発揮されたプレーで、ダウマンは無人のゴールへボールを流し込んだ。
スタジアムは歓喜で爆発。歓声はエミレーツ・スタジアム20年の歴史でも屈指の大きさだったと言っていい。
試合後、アルテタ監督はこの瞬間を次のように振り返っている。
「素晴らしい瞬間だった。特にゴールに至るまでの過程が素晴らしく、ゴールまでの10~15秒をじっくりと味わうことができた。魔法のような瞬間。ベンチに座っている選手たち全員が、観客と一緒に飛び跳ねていた。本当に素晴らしい一日だった」
スペイン人指揮官は、ダウマンの存在が試合を変えたと語る。
「ネットを揺らしただけなく、試合の流れを変えた。彼がボールを持つたびに何かが起こり、我々の攻撃力は増した。あの年齢で、あの状況で、あのプレッシャーや試合に勝つという期待の中で、あれだけのことを成し遂げるなんて普通じゃない」
アルテタ監督はシーズンを通してダウマンの才能を高く評価してきたが、この日の活躍にも驚きはなかったという。
「今週のトレーニングを見て、直感的に“彼の瞬間が来る”と感じた。彼にとってそれは自然なことなんだ。プレッシャーを感じない。それが一番良いところだ。感じたままプレーさせればいい。そんな才能があれば、きっと良いことが起こると思った」
先制点を決めたヨケレスも、少年のプレーを称える。
「プレーを見れば分かる。ボールを持つたびに落ち着いていて、恐れがない。いつも正しい判断ができる。ゴールの場面を見ても、間違いなく正しい選択をした」
この試合の物語は、本来ならヨケレスのものだったかもしれない。だが、エミレーツ・スタジアムにいた誰もが理解していた。違いを生んだのはダウマンだったことを。
筆者は、まだトップチームに完全に慣れきっていないダウマンの姿を、ピッチ外で目撃したことがある。
3月4日に行なわれたブライトン対アーセナル戦の試合後、まだ馴染みの薄いブライトンのスタジアム内をキョロキョロしながらスタジアム出口へ向かうダウマンとすれ違った。表情にはあどけなさが残る、どこにでもいる少年のようだった。年齢だけで言えば、ボールボーイをしていても不思議ではないだろう。
その少年が、約10日後にプレミアリーグ優勝争いの行方を左右する活躍を見せたのである。16歳と73日でのゴールは、プレミアリーグ史上最年少記録。しかもこの勝利の後、マンチェスター・シティがウェストハムと引き分けたため、アーセナルは悲願のタイトルに向けて大きく前進した。
もちろん課題はある。球際の強さは発展途上にあるが、そもそも16歳の少年にフィジカル面のトップレベルを求めるのは酷だろう。経験を重ねれば、それらも確実に向上していくはずだ。同じアカデミー出身のイーサン・ヌワネリとともに、将来アーセナルを担う存在になることは間違いない。
英国紙デーリー・テレグラフは、ダウマンの活躍をこんな言葉で称えた。
「あなたが16歳73日だった時、何をしていましたか? 覚えているならコメントで教えてください」
あの夜、エミレーツ・スタジアムにいた人々は、何年経っても覚えているだろう。16歳の少年が、優勝争いの運命を動かした瞬間を。
取材・文●田嶋コウスケ
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