彼はブラジルで……すなわちポルトガル語で、「Malvadao(モルバドン)」の愛称で呼ばれているという。
理由は響きが似ているからだが、それだけでもないようだ。「Malvadao」は英語に訳せば、『bad guy=悪いヤツ』。ただ真の悪人を指すのではなく、そこにはユーモアや親しみの情も込められるという。
ダニール・メドベージェフ(Daniil Medvedev)のニックネームとして、確かにこれほど、ぴったりなものもないだろう。
コート上でのメドベージェフは、時折、我を忘れる選手として知られている。主審への暴言交じりの猛抗議や、ラケット破壊。1年前のテニス四大大会「全豪オープン」では、コートサイドの小型カメラを破壊するなどして、7万6000ドル(当時のレートで約1187万円)の罰金を科されたこともある。
他方で会見室での彼は、チャーミングにして聡明。頭の回転の速さに呼応する早口で、ユーモア交え思考や内面を言葉に置き換えていく。
コート上で自分が感情的になりすぎることに関しても、彼は自覚的だ。そしてその理由を、冷静に分析する。3月上旬に北米カリフォルニア州で開催された「BNPパリバ・オープン」(ATP1000)で、彼はプレースタイルと内面の相関について、次のような所見を口にした。
「大切なのはバランス。僕は過去に、かなり意識的に攻撃的にプレーしようとしたことがあった。でもそれは自分のスタイルではないから、やりすぎてしまい、エネルギーを浪費し、そして感情を制御できなくなる。例えば、ラケットを叩きつけたりしてしまったりね。
ただ今の僕は、とても自信がある。自信がある時の僕は、自然と攻撃的になれるんだ。サービスゲームでは、特にね。リターンの時は少し違うプレーになるが、それでも良いリターンが打てた時は、そのまま主導権を握りラリーを支配する。今日の試合も、同じようにプレーした。いつも以上に攻撃的にいこうとは思っていなかった。ボールをクリーンに打ち、相手にプレッシャーを掛ける。良いサービスを心掛ける。それらがうまくいった要因かな」 メドベージェフが満足そうに「うまくいった」と振り返る試合とは、同大会の準決勝。世界1位のカルロス・アルカラスに、6-3、7-6(3)で快勝した一戦だ。
メドベージェフとアルカラスの過去の対戦成績は、2勝6敗。メドベージェフにしてみれば、4連敗で迎えた9度目の対戦だった。世界11位対1位。30歳対22歳。数字で見れば、アルカラス優位は揺るがない。ただ対戦を控えた時点で、メドベージェフは自信を滲ませていた。
「今は、とても良いプレーができている。軽々に『キャリア最高だ』と断言するのは避けるが、でもとても良い状態だ。ここのコートは、過去2度の彼との対戦の時より速い。ボールも違う。僕のベストパフォーマンスを発揮できるチャンスだと思っている」
その見立ての正しさを、彼はカリフォルニアのコート上で証明した。サービスゲームでは、深いボールを左右に打ち込みプレッシャーを掛け続ける。リターンゲームでは、ここぞという時にギアを上げ、数少ないチャンスをもぎ取った。アルカラスは客席に向かい拳を突き上げ、耳に手を当て声援を求める。その声にファンは呼応し「カルロス」の名を叫ぶが、ファンの力を切望するほどに、世界1位は追い詰められているようにも見えた。
対するメドベージェフは、ファンの多くが対戦相手を応援している状況をも、どこか楽しんでいる様子。時に笑みすら浮かべつつ、「bad guy」は勝利まで駆け抜けた。
試合後の会見で、アルカラスはメドベージェフを絶賛した。
「彼は試合開始から最後まで、信じがたいほどに良いプレーをしていた。正直に言うと、あんな風にプレーするダニールを、これまで見たことがなかった」
具体的には、メドベージェフの何がそこまでアルカラスを驚かせたか?
「彼の攻撃的プレーに、少し驚かされた。ただもっと驚いたのは、あれほど攻撃的なのに、全くミスをしなかったこと。
また今日は、ボールがものすごく高く跳ねた。その状況に彼はうまく適応し、常に正しい解を弾き出していた。僕はサーブ&ボレーを試みたけれど、少しでも甘いとパッシングショットを打たれてしまった」
他方のメドベージェフは、「勝利の秘策」を探ろうとする記者たちの質問に対し、「そんなものはないよ」と笑みを返し続ける。
「カルロスは何でもできる選手。特定の対策は存在しない」「(新コーチのトーマス・)ヨハンソンは助言をくれたけれど、特別なものではない。もしカルロスにわかりやすい弱点があるなら、みんなとっくに対策している」
本音か、あるいはカムフラージュか? いずれにしても、メドベージェフはアルカラスの16連勝を止めた選手として、決勝の舞台へと向かった。 決勝の世界2位ヤニック・シナーとの戦いは、両者ともにサービスゲームをキープし続ける、緊迫の並走状態が続く。両セットともタイブレークへと駆け込み、ファーストセットは序盤でリードしたシナーが奪取。
第2セットのタイブレークでは、メドベージェフが4-0とリード。ただここから、ミスのリスクを抑え、精力的にコートを駆けるシナーが6ポイントを奪い返した。最後は、シナーの強烈なリターンに押され、メドベージェフの返球がラインを割る。1万6千人の観客がスタンディングオベーションで興奮と満足感を示す中、二人はネット際で笑みとハグを交わした。
「いくつか悔いる場面がなくはないが、ヤニックは素晴らしい選手。今大会には満足しているし、ここから先が待ち遠しい」
会見室での“bad guy”は、やはりグッドルーザーだった。
「ファンは、カルロスとヤニックに割って入る選手の登場を待っている。“その選手”になると実感できているか?」
記者からのその問いに、彼は言葉を選びつつ慎重に語る。
「明言するのは、難しいかな。僕は、彼らに幾度も負けてきているからね。常にベストを尽くすつもりだし、今回はカルロス相手に勝てることを示した。一試合だけなら、僕以外にも彼らに勝てる選手はいる。ただシーズンを終えた時、彼らは60勝して、5~6敗しかしない。だから、簡単な挑戦ではないよ」
対するシナーは、メドベージェフについて次のような所感を篤実に述べた。
「ダニー(メドベージェフ)は自信に満ちた、素晴らしいテニスをしていた。彼がグランドスラム優勝者であることを忘れてはいけない。
ユニークなスタイルの彼は、テニス界に欠かせない存在だ。彼が再び高いレベルでプレーしていることは、テニス全体にとって素晴らしいことだよ」
ファンが、メディアが、そして選手たちが、メドベージェフの復調を祝福する。スポーツやライバル物語は、「Malvadao」がいてこそ、盛り上がるのだから。
現地取材・文●内田暁
【動画】「BNPパリバ・オープン」決勝メドベージェフvsシナー&準決勝アルカラス戦ハイライト
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