
『連続テレビ小説 ばけばけ Part1 NHKドラマ・ガイド』(NHK出版)
【画像】え、「こりゃ可愛いわ」「目鼻立ちキレイすぎ」 コチラが小泉八雲の子供たち(実際は3男1女)の幼少期の姿です
英語以外でも、厳しいしつけがあった
連続テレビ小説『ばけばけ』24週では、一気に10年の歳月が経過しました。東京に住んでいる主人公「雨清水トキ(演:高石あかり)」の夫「雨清水八雲(レフカダ・ヘブン/演:トミー・バストウ)」は、朝に長男「勘太(演:ウェンドランド浅田ジョージ)」と次男「勲(演:柊エタニエル)」に英語を教えています。
モデルの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)も教育熱心だったそうで、松江市にある小泉八雲記念館の公式Xは、3月17日(火)に
「長男の一雄、次男の巌に家庭学習で英語を教えていたハーン。絵の得意なハーンは英字新聞に墨でアルファベットとイラストを書き、英語の練習教材として使いました。勉強後、子どもたちは『パパ、メニメニサンクス』と挨拶しました。この練習教材は約120日分現存し、常設展示で一部を展示しています」
とポストし、一緒に子供たちの可愛らしい字とハーンの絵が載った教材の画像を投稿しました。
ハーンは、実現しなかったものの、一雄の教育のためにアメリカに戻ることを検討したこともあったそうで、一雄の後年の著書『父「八雲」を憶う』(1931年)によると、彼は自分か父のどちらかが病気の時以外は、毎日英語の勉強をさせられたそうです。一雄は姿勢を正した状態で英語の発音を正確にするよう厳しく指導されたとのことで、当時は「英語って難しいものだ。勉強って面白くないものだ」と思っていたと語っています。
また、体罰も当たり前の時代ゆえ、一雄はわずか2歳半の時期に父からスパンク(尻叩き)を喰らったそうです。それは1896年6月、ハーンと妻・セツが当時住んでいた神戸から、松江に帰省した時のことでした。
一雄は「雨清水タエ(演:北川景子)」のモデルである、セツの実母・小泉チエと会ったものの、彼女のヒソヒソと話す口調が嫌で失礼な態度をとったようで、それを見たハーンが彼の尻を5、6回叩いたといいます。それ以降、一雄はよく躾けのために、父からスパンクをされたそうです。
さらに、この松江帰省では、ハーンは一雄に泳ぎを教えようと強引な手段に出ました。海水浴に行った際、ハーンは水を怖がる一雄に怒り、「あなた日本男児ないですか!」と叱責して、海面から顔を上げようとする彼の頭を押さえつけたといいます。
こんな風に、一雄の著書には朝ドラでは到底描けないような教育エピソードがよく出てきました。いたずら好きだった次男の巌もよくハーンに叱られ、「巌、礼儀知るないの子です。何んぼう無礼の子です」とスパンクを喰らっていたそうです。
もちろん、これは溺愛していた子供たちを思っての行動で、ハーンはセツに「子供を叱った後くらい気持の悪いことはない。子を叱るたび私の寿命は縮まる」と語っていたといいます。また母・セツは、普段はハーンほど子供たちに厳しく接していなかったものの、気性の激しい質があり、いくつか衝撃的なエピソードが記されていました。

小泉八雲・セツについてまとめた書籍『ドラマ人物伝 小泉八雲とセツ: 「怪談」が結んだ運命のふたり』(NHK出版)
些細な嘘から衝撃事件に
たとえば、1900年11月に「司之介(演:岡部たかし)」のモデルであるセツの養父・稲垣金十郎が亡くなってしばらくした時期のこと、一雄は周囲を笑わせようとして、「お爺様がくたばった」と汚い言葉を使ってしまったそうです。するとセツは激怒し、一雄に「突進」してのしかかり、何度も彼を叩いたといいます。
また、1904年の春頃には、さらにセツが激昂した事件がありました。これは一雄が胃腸の調子の悪いハーンの代わりに、朝食のフライドエッグを3つ食べていい(普段はふたつ)と言われた際のことです。
一雄はこの時、たまたま家に来ていた元女中のおヨネ(松江時代から1900年までハーンたちに雇われていた)に嘘をつき、フライドエッグを4つ作ってもらって食べました。これ自体は些細な悪事ですが、その後にまさかの事態が待っていたそうです。
フライドエッグをいつもの倍も食べてお腹の調子が悪くなった一雄は、セツから本当に3つしか食べなかったのか問いただされます。おヨネは一雄の嘘に気付き、口裏を合わせてくれましたが、その後にお米のことが気の毒になった一雄は、正直に「本当は四ツです」と白状しました。
すると、セツは普段信頼している息子や、長年家族同然に面倒を見てきた元女中に嘘をつかれたことが許せなかったのか、かつてないほどに怒り狂いました。彼女は一雄を打ち倒して蹴りを入れ、髪や耳をつかんで引きずり回したといいます。
「フミ(演:池脇千鶴)」のモデルの養母・トミや、家にいた女中3人が止めに入っても、セツの怒りは収まりませんでした。一雄はセツに叩かれながら、子供心に「あんなにつねに可愛がってくれる母(ママ)が……これは確かに気が違っちゃったのだ。私は殺されてもいいからどうか母が気が狂ったのではありませんように……」と、念じていたことを振り返っています。
その後、女中たちに押さえつけられたセツは、書斎からやってきたハーンに水を飲ませてもらい、ようやく落ち着いてから寝室に連れていかれました。一雄はその後、父から軽めのスパンクを受けたそうです。
一雄の著書『父「八雲」を憶う』や、『父小泉八雲』(1950年)では、このように『ばけばけ』ではとても描けない出来事も赤裸々に語られています。1899年に生まれた三男・清や、1903年生まれの長女・寿々子のこと、ハーンが亡くなった1904年9月26日前後のことも書かれており、『ばけばけ』が終わってから読んでみると、より興味深く感じるかもしれません。
※高石あかりさんの「高」は「はしごだか」
参考書籍:『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮出版社)、『父「八雲」を憶う』(千歳出版)、『父小泉八雲』(小山書店)
