ロサンゼルス・レイカーズのレジェンド、コビー・ブライアントは、高校から直接NBA入りした数少ない選手の1人で、のちにスーパースターへと成長。20年間のキャリアをレイカーズに捧げ、超人的な勝負強さとスコアリング能力、強靭なメンタリティを武器に、チームを5度の優勝に導いた。
そんなコビーの高校時代のライバルの1人が、NBAでも活躍したティム・トーマスだ。1990年代半ば、両者は全米ランキングの1位、2位を行き来するなど比較されていたが、実際に対戦する機会はほとんどなかった。
今年3月上旬、『VladTV』のインタビューでトーマスが当時を振り返った。
「家は1時間半くらいの距離だったけど、直接対戦することはほとんどなかった。ランキングは日によって変わった。俺が1位でコビーが2位の日もあれば、その逆もあった」
両者はAAUチーム(高校生が全国規模で競うためのクラブチーム)でも別々の道を歩んだ。コビーは地元フィラデルフィアに戻り、トーマスはマイケル・ジョーダンのように野球をプレーしていたという。
彼らと同世代で元NBA選手のリチャード・ハミルトンは、2023年にコビーの異常なまでの競争心についてこう明かしている。
「コビーには“キルリスト”があった。ティム・トーマスはその1番だった。試合前日、コビーは寝ずに部屋を歩き回りながら、『明日あいつを倒す』と言っていたよ」
トーマスによれば、メリーランド州で行なわれたトーナメント決勝で、2人のチームは一度だけ顔を合わせた。
「メリーランドでの大会で、俺たちのチームも決勝まで進んだ。俺はその1試合だけのために車で向かった。ジムに入った時、すでにコビーは15点くらい取っていた。着いたのが少し遅かったんだ。結局、試合は彼らが勝った。でもそれは俺を追い抜くとか、ランキング1位を奪うとか、そういう話じゃなかった」
また、全米トップクラスの高校生を集めた『ABCDバスケットボールキャンプ』でも、トーマスはコビーの圧倒的なパフォーマンスを目の当たりにした。
「ABCDキャンプの最初の試合でダンクを決めた時に爪が剥がれて、残りの試合はプレーできなかった。だから観客席から見るしかなかった。その1週間、コビーは全員を倒していたよ」
トーマスはその後、ビラノバ大で1年間プレーし、1997年のNBAドラフト1巡目7位でニュージャージー(現ブルックリン)・ネッツから指名を受けた。一方、コビーは96年のドラフトでシャーロット・ホーネッツから1巡目13位で指名され、レイカーズへトレードされた。 トーマスは、もし自分がコビーと同じ年にドラフトされていたら、NBAの歴史は大きく変わっていたかもしれないと語る。
「もし俺があのクラス(1996年ドラフト)に出ていたら、歴史は変わっていただろう。コビーがコビーでなくなるわけじゃないよ。でも違うチームに行っていたかもしれない。ボストン(セルティックス)が彼を指名したらトレードすると思うかい?」
さらにトーマスは、96年ドラフトにエントリーしていれば、コビーより上位で指名されていたと自信も覗かせた。
「俺が最初に指名される高校生になっていたと思う。身長6フィート10インチ(208cm)、体重240ポンド(109kg)で、すでにNBAレベルだったからね」
それでも「(入団チームが)レイカーズでなかったとしても、どこかで支配的な存在になったはずだ。コビーはコビーだからね」とトーマスは断言する。
高校時代から周囲を圧倒していたコビー。NBA入り前から、“ブラックマンバ”の伝説はすでに始まっていた。
構成●ダンクシュート編集部
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