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苦労人、パラグアイの21歳バレホが同国3人目のトップ100入り!「僕の存在がテニスへの興味のきっかけになれば」<SMASH>

苦労人、パラグアイの21歳バレホが同国3人目のトップ100入り!「僕の存在がテニスへの興味のきっかけになれば」<SMASH>

今週初めに更新された男子テニスのATPシングルスランキング(世界ランキング)で、今季ここまで下部大会チャレンジャーにおいて16勝2敗と好成績を挙げている21歳のアドルフォ・ダニエル・バレホが、自己最高となる99位を記録した。彼の出身国はテニスが盛んとは言えないパラグアイ。同国出身の男子選手としてはビクトル・ペッチ(元9位)、ラモン・デルガド(元52位)に次ぐ史上3人目のトップ100入りを達成した。

 バレホを取り上げたATP公式サイトの特集記事によれば、彼のたどった道のりは決して平たんではなかった。母国では大会数が極めて少なく、これまでに積み上げた全てのポイントは、長距離遠征を伴うヨーロッパやアメリカなど国外のトーナメントで稼がなければならなかったからだ。

「パラグアイの空港はとても小さく、アメリカに行くにも2~3回は乗り継ぎが必要になる」と語るバレホは、周囲の「プロになるべきではない」という声にも負けず、逆境の中で自らを奮い立たせながら地道に努力を重ねてきた。

 首都アスンシオンで育ち、「ダニ」の愛称で親しまれたバレホは、幼い頃から父のグスタボ氏や兄のホアキン、フアン・パブロと共にテニスに親しんだ。兄2人はアメリカの大学でプレーする道を選んだが、バレホはプロへの道を志し、父も「特別な存在になれる」とその才能を信じ続けた。

 バレホは12歳で故郷を離れ、米フロリダで開催されたITF(国際テニス連盟)公認の国際ジュニア大会「オレンジボウル」に単身参加。それが本格的な競技人生の始まりだった。その2年後には奨学金を得て名門IMGアカデミーに1年間在籍。「コロナ禍のさなか、家族と離れて1人でアメリカに行った。本当に勇気のいる決断だった」と当時を回顧する。
  2022年にはジュニア世界1位に輝き、その後にはスペイン・マヨルカの「ラファ・ナダル・アカデミー」でも1年間トレーニングを積んだバレホ。故郷に帰れない状況は続いたが、着実に力をつけ、プロ選手になるための基盤を固めていった。

 24年にはパラグアイ人選手最年少でのチャレンジャー優勝を達成。今季も同カテゴリー2大会で優勝し、先々週の「ブラジリア・テニス・オープン」(ブラジル/クレーコート/CH75)でも準優勝するなど、キャリア最高のスタートを切っている。

 そして今週、100位突破の節目を迎えたタイミングで、24年に13年ぶりに復活した母国最大の大会「ミュンヘン・ウルトラ・パラグアイ・オープン」(3月16日~22日/クレー/CH75)に出場するため、開催地の故郷アスンシオンへ凱旋。同国テニス界の期待を一身に背負う21歳は、今後に向けての並々ならぬ意欲をこう明かす。

「パラグアイでは、プロテニスはあまり人気がない。そんな中で僕の存在が、人々にテニスへの興味を持ってもらうきっかけや、モチベーションになればうれしい。僕自身も、まだまだ上を目指していきたい」

 今回の新たなマイルストーンも、バレホにとっては通過点に過ぎない。新星のさらなる成長と飛躍に、母国も大きな注目を寄せている。

文●中村光佑

【動画】ATPが2024年末にバレホをクローズアップしたプロモーションビデオ

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配信元: THE DIGEST

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