3・22後楽園大会のKO-D無差別級選手権試合「上野勇希vsKANON」へ向けた公開会見が20日、都内で行われた。
2019年7月にJTOでデビューしたKANONは2022年3月に同団体を退団。同年4月よりDDTに参戦し、昨年5月に入団を果たした。そして頂点ベルトKO-D無差別への挑戦が決定。「この2ヵ月、自分が挑戦表明してから上野勇希、そしてDDT、そしてプロレスに自分なりに向き合ってきました。どんだけ上野勇希に伝わったかは正直分かりません。分かりませんが、僕は職業プロレスラーなんで、リングの上で上野勇希に残りは伝えたいと思います」と意気込んだ。
王者・上野は「このタイトルマッチが決まってから、 DDTプロレス、KANONのことをたくさん 考えに考えた結果、この29周年という日を一番楽しんでやろうという結論に至りまして」と話した。「KANONを超えるべくは、きっと僕ではなく、自分自身なのではないか」との考えを示しつつ、「だからこそ僕は生き方がプロレスラーなんで、僕の生き方はDDTプロレスそのものですから。そのDDTの一員であるKANONの進み方っていうのも、僕がみんなに見せていくべきものだと思いますから。チャンピオンとしてDDTを背負う者として、29周年を祝うDDT、この試合が終わったら、その先には30年目、もっと未来にも進みます。東京ドームにも行きます。その一番前を進むのは僕です 。なぜならば僕がDDTTを背負っているから」と王者としての責任をむき出しにした。
「KO-D無差別級のベルトのイメージは?」と問われたKANONは「もちろん入った時からの目標であり憧れであり、そしていつか絶対巻くもの」とキッパリ。「それが22日の試合で果たせるように一生懸命やるだけです」と強調し、王座奪取後の防衛ロードについて問われ、「まだ獲った後のことはメチャクチャ考えてるわけじゃなくて。とにかく今このベルトが欲しい。このベルトを獲ってから見せれるものだったりとか、思いつくものってあると思うんで。まずはこのベルトを獲ることに集中したいと思います」と慎重に言葉を選んだ。
参戦から頂点王座への挑戦まで4年かかったが、「4年ですよ。長かったですけど、でもこの4年間で僕はDDTに参戦してから、たぶん1個の試合とてムダな試合ってなかったと思うんで。もちろんDAMNATION T.Aにいた時期も、 今S.L.C.で活動してる時期も、全部僕にとって大切な時期」と話したようにKANONにとってはすべてが糧となった。その集大成となるのが3・22後楽園大会で「その4年すべてを上野勇希にぶつけるだけです」と力を込めた。
「KANONの内面が見えづらい」と発言していた上野だが、前哨戦を経て「変化があったどうかは難しいんですけど。でも僕から見えているKANONっていうのは、このベルトを通して、このベルトに対してDDTプロレスに対して何か、上野勇希に対して何かというよりは、自分の殻の前で止まっているなと見受けられました」と分析。「その殻を壊すのは僕ではないから、このタイトルマッチで自分というものを突き抜けて、ベルトを獲れるのかどうか、そんな勢いを感じたいというのはある」とKANONの思いを真っ向から受け止めるつもりで、「ベルトを獲った先に見えるものもあると。試合中ここぞという時に踏ん張るのは、きっと未来のためだから、僕はKANONと向き合っていると。もっと自分が頑張らないとなって思いました」と頂点死守を誓った。

