ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でアッズーリ(イタリア代表の愛称)が快挙を成し遂げてから1週間が経った。イタリアで巻き起こった野球熱が、今はもう懐かしいのとともに、あんなことは二度と起こらないのではという恐れも抱いている。
とにかく2026WBCの、あの熱い日々をイタリアは一生忘れないだろう。もちろん複雑な感情は多少ともあった。今回闘った選手たちは皆イタリア系のアメリカ人で、本当の意味でイタリア野球を代表してはいない。
しかし、同時に彼らはイタリアの地中海ブルーのユニホームを、彼らのファミリーの名に懸けて、誇りをもって着てくれた。そしてアメリカのドリームチームを、メキシコを、プエルトリコを破ってくれた。
イタリア野球というごく小さなコミュニティーにいた私たちは、国中がこぞって野球に熱狂するのに心からの喜びを覚えた。ボールとストライクの違いもわからなかった人々が、突然野球に興味を持ち、イタリアを応援してくれたのだ。
イタリアで野球はマイナースポーツだ。ただし、パルマ生まれの私は例外だった。パルマという町は、生ハムやパルメザンチーズで世界的に有名だが、実は野球の町でもある。
とくに1970年代、80年代に子ども時代を過ごした者は、みな野球をして育っている。
もちろんパルマにはサッカーのチームもあり、ヨーロッパカップを勝ち取ったことがある強豪だ。しかし、パルマ・カルチョが強くなったのは90年代以降のこと。強いラグビーチームも、また90年代半ばまでイタリアやヨーロッパで勝利していたバレーボールチームもある。
しかし野球は常にパルマっ子のDNAに受け継がれている。パルマの野球チームは11回イタリアリーグで優勝を果たし、15回チャンピオンズリーグで優勝。つまりヨーロッパ王者に輝いている。パルマ・ベースボールは、全スポーツにおいて一番ヨーロッパでのタイトル数が多いチームなのだ。
1976年、私が7歳の時のある日、叔父が私を野球の試合に連れて行ってくれた。その日から野球は私の情熱となり、すぐに野球を始めた。私の父は地元のサッカーチームでプレーする優秀な選手だったが、彼もまた私と同じくらい、いやそれ以上に野球に熱狂した。
イタリアの他の町とは違って、当時のパルマには地区や教会の、リトルリーグのチームが数多くあった。ミラノはパルマより10倍近く大きな町だが、野球チームはたった2つしかないのとは大違いだ。
私は12歳の頃に地区のチームから、町最大のチーム、パルマのユースチームに入った。15歳までは実はバレーボールも掛け持ちしていたが、その後に野球の道を選んだ。残念ながら私はバレーを続けるには背が低すぎた。
ちなみに当時のバレーのチームメイトには、将来のチャンピオン、アンドレア・ジャーニとリッカルド・ミキエレット(アレッサンドロ・ミキエレットの父)がいた。しかし野球を選んだのは、なによりこのスポーツが好きだったからだ。
16歳の時にはイタリア代表に選ばれ、U-16のヨーロッパ選手権に出場して準優勝。決勝では惜しくもオランダに敗れた(当時リッカート・ファネイテが投手としてプレーしていた)。
またパルマでは2度リーグ優勝を果たし、U-21のトーナメントで2度優勝している。その後1988年から1994年まで2部のチームでプレーしたあと、1992年にバレーボールに戻った。しかし、戻ったと言っても選手としてではない。残念ながら私にはその実力はなかった。地元パルマのチーム「マキシコーノ・パルマ」の広報担当を務めることになったのだ。
当時のチームにはアンドレア・ジャーニ、マルコ・ブラッチ、ピーター・ブランジェ、レナン、カルラオ、パスクアーレ・グラビーナらが在籍していた。ただ、野球への熱い気持ちは私の心の中にずっと残り続けていた。
1995年からイタリアの三大スポーツ紙のひとつであり、ヨーロッパで一番読まれている「La Gazzetta dello Sport」に執筆を始め、同時にミラノに居を移した。ただ、残念ながら野球について書く機会はとてもとても少なかった。イタリアで野球は、本当にニッチなスポーツなのだ。だからこそ今回のWBCは本当にすばらしい例外となった。
私は主にF1(2022年に鈴鹿でマックス・フェルスタッペンが世界選手権を制した際にもその場にいた)、ロードレース(2016年に、もてぎでマルク・マルケスが世界選手権を制したのもこの目で見た)、そしてバレーボールも担当している。昨年9月にマニラで開催され、イタリアが優勝した世界選手権も取材していた。
野球に関しては、その情熱から本を執筆した。タイトルは『ダイヤモンドは永遠に、野球に恋するための10の物語』。嬉しいことに、この本はイタリアのスポーツ文学賞の一つ「インビクタス賞」を受賞した。野球の本が受賞するとは誰も予想していなかったので、これは本当に大きな喜びだった。
ちなみに私の本とともにファイナリストに選ばれたのは、2冊のサッカー本、フランコ・バレージの自伝と、70年代のイタリア代表の伝説的なキャプテン、ジャチント・ファッケッティの息子であるジャンフェリーチェ・ファッケッティが執筆した、サン・シーロ・スタジアムに関する著作だった。
また昨年、私は児童書も出版した。『おとぎ話のチャンピオン』という、50人のスポーツ選手の物語だ。おとぎ話と銘打って入るが、すべて実話だ。もちろんその中にはロベルト・クレメンテ、ジム・アボット、ジャッキー・ロビンソン、マミー・ジョンソンといった野球選手の話もいくつか盛り込んだ。イタリアの子どもたちに野球のことを知ってもらうのは大事なことだ。
それからもちろん、私はサッカーも好きだ。応援するのはパルマ。当然ながら――。
文●マリオ・サルビーニ(ガゼッタ・デロ・スポルト紙記者)
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
マリオ・サルビーニ(Mario SALVINI)/イタリア大手スポーツ紙『Gazzetta dello Sport』記者。野球やソフトボールをはじめ、F1、フォーミュラE、MotoGP、バレーボール、ビーチバレーなどを担当。とりわけ野球をこよなく愛しており、21年にジャッキー・ロビンソン、ジョー・ディマジオ、ヨギ・ベラ、デレク・ジーターらの人生を描いた著書「Il diamante è per sempre(ダイヤモンドは永遠に)」、25年には困難や失望を乗り越えて成功を手にしたスポーツ選手にスポットを当てた「Campioni da favola(おとぎ話のチャンピオン)」を上梓した。
【動画】日本でも話題となったイタリア代表の“エスプレッソ・セレブレーション”
【WBCコラム】野球を愛する伊紙記者が体験した「想像すらできなかった現実」イタリア大旋風に国内メディアが一変「前代未聞の出来事」
【WBCコラム】米出身選手が中心のイタリア代表、指揮官セルベリの秘策はヤンキースのレジェンド“ポサダ”「可能な限り偉大で、一流なものを選手に与える」

