
ドラマファンはもちろん著名人にもファンが多い「孤独のグルメ」。シリーズ初の映画版で3月25日(水)にBlu-ray&DVDの発売が控える「劇映画 孤独のグルメ」は、原作からドラマまで引き継いできたある種の“型”を破ったタイトルだ。12年間に及ぶシリーズの変遷を振り返りながら映画ならではの展開、そして映画でも変わらない緻密な食事シーンが映し出す“日常”の魅力を深掘りする。
■深夜の異端児から“殻”を破ってたどり着いた映画の形
2012年にテレビ東京の深夜枠で放送を開始したドラマ「孤独のグルメ」は、その作品性と同じく静かに、着実に支持が広がっていったコンテンツだ。輸入雑貨商を営む主人公の井之頭五郎が営業先で見つけたさまざまな食事処に立ち寄り、独りで食事を楽しむというなんともニッチな作風。魂が震えるドラマチックな展開はなく、社会に訴えるようなメッセージ性があるわけでもない。ただの食事好きなオジサンがひたすら美味しそうにご飯を食べる本作は、夜食テロという言葉に相応しいドラマとして話題を集めた。
原作の久住昌之と作画の谷口ジローによる同名漫画のテイストをベースにしつつも、映像化にあたっては独自のアプローチが取られている。たとえば番組内で登場する店は実際に営業しているし、提供されるメニューも“ドラマだけ”の特別なものではない。リアルとフィクションが交差する、“飯テロ”であり“穴場スポット紹介”でもあるドラマになっている。
“誰にも邪魔されず、気を使わずに食事を楽しむ”という行為は、現代社会において多くの人々が求める時間として受け入れられた。実際に五郎が立ち寄った店舗には、放送後に多くの視聴者が現地を訪れる“聖地巡礼”現象も生み出している。
シリーズはSeason10まで制作され、最近では大晦日のスペシャル版も恒例化。深夜ドラマ発としては異例の長寿コンテンツへと成長を遂げた。
「究極のマンネリ」とも言える作品性を持つ同シリーズだが、2024年に放送された「それぞれの孤独のグルメ」はシリーズの“型”を破った最初のタイトルと言える。さまざまな職業の人物が主人公として登場するオムニバス形式だ。
そして「それぞれの孤独のグルメ」というアプローチを経たことで、シリーズは新たなフェーズへと突入した。それこそが「劇映画 孤独のグルメ」だ。これまでよりも自由な視点で、井之頭五郎というキャラクターを“ドラマ”に連れ込んだ型破りの大作だった。
同映画はシリーズ誕生から長きにわたる歩みの集大成であると同時に、松重豊の作家性が反映された新たな出発点として位置づけられる。
■ロードムービーへの変貌と客観的な食の描写
映画版の最大の特徴は、五郎の食事に明確な目的が与えられた点。ドラマの定番だった「五郎の日常」から離れ、「五郎が知人からの依頼を受けて“幻のスープ”を探す旅に出るロードムービー」として物語が構築されている。
五郎を演じる松重自らが監督と脚本を兼任したことで、彼自身のルーツやシリーズに対する客観的な視点が映像に反映された。たとえば松重は情報サイトから同作に関するインタビューを受けた際、「並大抵のことでは人って驚かないので、どういうことに巻き込まれたら、井之頭五郎としてのスタイルを崩さずに、面白おかしく展開できるかと考えた」と語っている。
ストーリーがあるため食事に目的が生まれ、日常から大きく離れたドラマチックな展開が生まれた。従来の食欲に任せてふらりと立ち寄るスタイルから各国の料理文化を学ぶ目的に変わり、ときには過酷な状況に直面したサバイバル的なシーンも飛び出す。五郎の“過去の恋人とその娘”がストーリーに絡むなど、ドラマ版からすれば驚くべき変化だ。
また映画館での上映を前提とした映像と音響の設計も見逃せない。スクリーンの画角を活かした引きの映像と、対象に肉薄する接写の使い分けは非常に効果的。環境音や食事の咀嚼音が緻密に再構築されており、劇場ならではの没入感を提供する仕様となっていた。
そして新たな一面で視聴者を大いに驚かせた一方、「孤独のグルメ」シリーズであることを忘れない食事シーンも“映画ならでは”の魅力を持つ。たとえばフランスのパリでは、ガラス越しに見える湯気を立てた熱々のロールキャベツを食べる紳士を発見。「俺の腹がグッと来ている」と心中でこぼしながら入店した五郎は、「これはいっときたいなぁ」と決めたオニオンスープ、そして店員が運んでいるのを見て惹かれたビーフブルギニョンを注文する。
やがてテーブルに届いたのは、陶器に注がれたチーズが表面を覆うオニオンスープ。器のふちにかかったチーズの焦げ目まで美味しそうな引きのカット、そして「旨みがどんどん押し寄せてくる。とんでもないスープだ」といった感想もドラマから変わらない飯テロ具合だ。
伝統と革新――というと少し大げさだが、ドラマから続く変わらない安心と映画ならではの新要素。ドラマから見た人はもちろん、映画で初めてシリーズに触れる人も楽しめる工夫が散りばめられている。
■異常事態が浮き彫りにする“普遍の輝き”
究極のマンネリとも言うべき同シリーズに大きな変化を持ち込むのは、松重にとっても大きなチャレンジだったはずだ。しかし映画というフォーマットを用いた「異常事態」こそ、ドラマシリーズが描く「日常」を輝かせたのもまた事実。
テレビドラマ版が「安全な場所で過ごす人の日常にある娯楽」だったのに対し、映画では遭難のすえに確保した食事で泡を吹く…という、日常ではありえないひと幕も。外国で未知の店に飛び込むのも冒険だが、「孤独のグルメ」らしからぬまさかの展開に驚かされた人は多いはず。
しかしそうした突拍子のない展開があっても、要点で出てくる食事はどうしても印象的に映るのが「孤独のグルメ」らしさ。五郎が心中で静かに感想を述べつつ黙々と飯を食う姿が、ドラマと映画を繋ぐ一貫性をもたらしている。だからこそ革新的なやり方を取った「劇映画 孤独のグルメ」にも、シリーズファンからは多くの称賛が集まった。
3月25日(水)に発売される本作のBlu-ray&DVDは、豪華版に付属する特典ディスクに複数の映像資料が収録されている。初日舞台挨拶や公開記念舞台挨拶の映像に加え、海外ロケの裏側を捉えたメイキング映像も。また特番「孤独のグルメが世界へ!劇映画公開記念&韓国の幻の名店一番乗りの旅」や、スピンオフ企画「井之頭五郎の撮休日」全4話も収録されるという。
井之頭五郎が経験した冒険は、“未知”に踏み出した人が一度は経験するカオスかもしれない。なにが目的でも、なにがきっかけでも、日常を離れて動かなければならないときは必ずある。五郎は映画で挑戦を続けるなか、都度都度のチャレンジで得られた結果に一喜一憂することはなかった。流れていく人生の“一瞬”の結果に囚われず、淡々と必要なことを続けていく。
五郎は我々に語りかけない。だが彼の心を覗いた人の心には、きっとそうした五郎の人生観が少しだけ残る。忙しない現代の人々だからこそ、五郎が「日常」の合間に経験した「冒険」の数日から得られる教訓があるはずだ。

