
【W杯回顧録】第9回大会(1970年)|史上最強ブラジルの躍動に20世紀最高の試合も。“美しきサッカー”が世界を魅了したメキシコ大会
北中米ワールドカップが6月11日に開幕を迎える。4年に一度、これまでも世界中のサッカーファンを魅了してきた祭典は、常に時代を映す鏡だった。本稿では順位や記録の先にある物語に光を当て、その大会を彩ったスター、名勝負、そして時代背景などをひも解いていく。今回は1970年の第9回大会だ。
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●第9回大会(1970年)/メキシコ開催
優勝:ブラジル
準優勝:イタリア
【得点王】ゲルト・ミュラー(西ドイツ):10得点
1964年10月8日、五輪の開会式を2日後に控えた東京で行なわれたFIFA総会で、6年後のワールドカップのメキシコ開催が決まった。東京の次に五輪を開くメキシコは、対立候補のアルゼンチンに比べてインフラ整備が進んでいた。
初めて欧州と南米を離れるワールドカップには、疑念の声も少なくなかった。試合は欧州のテレビ放映時間に合わせて灼熱高地のメキシコでの日中開催になるので、選手の健康状態やパフォーマンスの質が懸念材料だった。
だが、史上最も強く美しいブラジルの躍動や、20世紀最高の試合と賞賛される準決勝(イタリア4-3西ドイツ)など、サッカーの素晴らしさが満載の大会となり、テレビのカラー化が浸透した時期とも重なり、地球規模でのワールドカップの人気や価値が定着する重要な契機となった。
予選にエントリーしたのは71か国。北中米ではエルサルバドルとホンジュラスが直接対決を機に戦闘状態に突入。後に「サッカー戦争」と語られる文字通りの激闘の末に、エルサルバドルが初出場を果たした。
アジアで有力視されていたのは2年前のメキシコ五輪で銅メダルを獲得した日本だった。しかし、残念ながら同大会得点王の釜本邦茂が予選を前に肝炎に倒れて敗退。だが代表チームの参加は叶わなかったが、丸山義行がFIFAに指名され本大会で副審を務めた。
南米予選ではブラジルが圧倒的な強さを見せ、6戦全勝で突破。ところが本大会を2か月半後に控えたチリとの親善試合で、ジョアン・サウダーニャ監督はペレを外してしまう。ブラジル連盟(CBF)の決断は速かった。即座に現体制に見切りをつけると、試合終了の数時間後にはボタフォゴへ赴く。同チームを指揮し、現役時代には58、62年大会の連覇に貢献したマリオ・ザガロに、セレソン(代表)の後任監督を依頼するのだった。
29歳のペレは、大会前年の11月20日に自身通算1000ゴールを記録。メキシコワールドカップを最後に代表を退くことを決めていた。ペレ以外にもトスタン、リベリーノ、ジェルソン、クロドアウド、ジャイルジーニョが10番並みの展開力、得点力を持つブラジルは、文字通りドリームチームだった。同じようなタイプを並べることへの批判もあったが、ザガロ監督は「逆に彼らを使わないほうがありえない」と意に介さなかった。
円熟期を迎えたペレは、ピッチ上で記録に残らないいくつかの伝説を紡ぎ出した。グループリーグ(GL)のチェコスロバキア戦(4-1)では、センターライン手前で相手のGKイヴォ・ヴィクトルが前に出ているのを見て約70メートルのロングシュートで華麗にゴールを狙った。
また前回王者イングランドとの試合(1-0)では、ジャイルジーニョのクロスを滞空時間の長いヘディングでライン上に叩きつける。だがこのお手本のようなヘッドを、GKゴードン・バンクスが奇跡的にセーブ。一気にバンクスの名声が高まることになった。
さらに準決勝のウルグアイ戦(3-1)では、左からのスルーパスに反応して右から抜け出して疾駆。ところがペレはエリア手前でボールに触れずにスルーしてしまう。これにはウルグアイの名守護神ラディスラオ・マズルケビッチも騙され、ボールは自身の背後へと抜けていく。その刹那、ボールに触れずにGKをかわしたペレが回り込んでゴールを狙った。ペレはこうして異次元の創造性を卓越した技術で体現し、世界中のファンを魅了した。
どこからでも崩せてどこからでもゴールを狙えるブラジルは、危なげなく決勝戦へと勝ち進んだ。無失点だったのはイングランド戦(1-0)のみだったが、逆に5試合で15ゴール(6失点)を量産した攻撃力が群を抜いていた。
逆側のブロックから勝ち上がったのは、イタリアと西ドイツだった。前回北朝鮮に敗れる屈辱を味わったイタリアは、2年前の欧州選手権を制し、雪辱を期していた。だがフェルッチョ・バルカレッジ監督は、ブラジルとは対照的にミランとインテルを象徴する2人の名手を同時にピッチに立たせなかった。
この大会からは、イエローとレッドのカードが導入され、2人の交代も認められるようになったので、インテルのサンドロ・マッツォーラをスタメンで送り出し、ミランのジャンニ・リベラは交代で出て行くことになった。
夢の競演がないイタリアは、GL3戦で1ゴールしか奪えず攻撃力不足が顕著だったが、それでも準々決勝では開催国のメキシコを4-1で退けた。一方、西ドイツは、準々決勝で前回に引き続きイングランドと対戦。2点のリードを許したが、68分にフランツ・ベッケンバウアーが反撃の口火を切ると、76分にはウーベ・ゼーラーが得意のバックヘッドで同点。延長戦に持ち込み、最後は「爆撃機」の異名を取るゲルト・ミュラーが決着をつけて、前回決勝戦の雪辱を果たした。
優勝経験国同士の対戦となった準決勝は、イタリアが開始8分にロベルト・ボニンセーニャのゴールで先制すると、ひたすら守りに入った。逆に追いかける西ドイツは、不測の事態に直面する。2人の交代枠を使った後に、ベッケンバウアーが試合途中で肩を脱臼してしまうのだ。結局、ベッケンバウアーは肩をバンテージで固めながら闘い続けることになる。
しかし、アディショナルタイムも2分が経過した土壇場で、左からグラボウスキーがクロスを送ると、中央で思い切り身体を伸ばしたカールハインツ・シュネリンガーがジャンプボレーでゴールネットを揺する。そしてこの同点ゴールが、ただの凡戦を「20世紀最高の試合」に変えた。
延長戦に入ると、試合はまったく様相を変えオープンなゴールの奪い合いに転じた。94分、ミュラーが押し込んで西ドイツが逆転に成功するが、延長前半でイタリアが再逆転。延長後半に入り、西ドイツは再びミュラーが決めて3-3の振り出しに戻すが、最後はイタリアで交代出場のリベラが流し込み突き放した。
なおミュラーは、この大会で10ゴールを挙げ得点王に輝くが、実は予選でも20ゴールを量産。エリア内で俊敏さを活かし、独特の嗅覚を発揮したストライカーは、西ドイツ代表として最終的には出場62試合を上回る68ゴールという記録を打ち立てるのだった。
決勝戦はブラジルが完全に主役として輝いた。正午キックオフの試合で、18分、左からリベリーノのクロスをペレが頭で力強く叩きネットを揺する。イタリアも1度は追いつき1-1で前半を折り返すが、後半は一方的にブラジルがアタッキングショーを披露した。
ゆっくりと華麗にボールを回しゲームを支配するブラジルは、66分にジェルソン、71分にはジャイルジーニョが立て続けにゴール。ジャイルジーニョは大会全6戦でゴールという快挙を達成した。
そして締め括りは86分。クロドアウドから左のリベリーノに回し、同サイドに流れたジャイルジーニョがドリブルから中央のペレに渡すと、ペレはじっくりとタメを作ってお膳立て。最後は右から駆け上がったカルロス・アルベルトが逆サイドのネットに弾丸シュートを突き刺した。
GKとCB以外全員が絡んだ攻撃で、ブラジルは予選から本大会までを全勝で3度目の頂点に立つ。肩車をされたペレは身ぐるみ剥がされ、パンツ1枚で引き上げることになった。
決勝戦は奇しくも2度優勝経験国同士の対戦で、ジュール・リメ・トロフィーの永久保持をかけた攻防になったが、ブラジルが持ち帰ることになった。
文●加部究(スポーツライター)
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