ともに殿堂入りを果たしている名選手のアイザイア・トーマス(元デトロイト・ピストンズ)とマイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)は、犬猿の仲で知られる。
関係悪化のきっかけとなったのは1985年のオールスターゲームで、当時ルーキーで人気急上昇中のジョーダンに、シカゴ出身のトーマスが意図的にパスを回さなかったとされる。
1980年代後半にはピストンズとブルズがプレーオフで何度も火花を散らし、91年プレーオフのイースタン・カンファレンス決勝第4戦では、敗退したトーマスらピストンズの選手たちがブルズを祝福せず試合終了前にコートを去り、物議を醸した。
その後の92年バルセロナ五輪では、ジョーダンがトーマスの“ドリームチーム”メンバー入りを拒んだとも言われている。
そんななか、トーマスは今年3月に『FanDuel』の番組『Run It Back』に出演した際、ケビン・デュラント(ヒューストン・ロケッツ)を引き合いに出し、次のように語った。
「私はデュラントにこう言ったんだ。もし君が我々の時代にプレーしていて、トリプルポストやミドルポストでジョーダンの代わりにプレーしていたらどうなるか、とね。そしてスコッティ・ピッペンやトニー・クーコッチと一緒にプレーしていたら、6回優勝できたか?間違いなくできたと思う」
“ジョーダン軽視”とも受け取れる発言に対し、元選手のケンドリック・パーキンスは、ポッドキャスト番組『Road Trippin' Show』で「そんな馬鹿げたことを言うなんて正気じゃない」と批判。「優勝は得点力だけで決まるものじゃない」と反論した。
「あり得ないね。マイケル・ジョーダンとケビン・デュラントを分ける大きな要素はメンタリティだ。ジョーダンは自分がリーダーじゃないなんて一度も言ったことがないし、常にチームを引っ張っていた。
ジョーダンは80試合以上出場することに誇りを持ち、攻守両面で戦った。彼は状況に流されるタイプじゃない。周囲が彼に従ったんだ。アイザイア・トーマスのことは尊敬しているが、この意見には賛成できない。もし彼がこれを見たら連絡してくるだろうが、正直言って正気じゃない」
ジョーダンはキャリア7年目の91年、マジック・ジョンソン率いるロサンゼルス・レイカーズとのファイナルで平均31.2点、11.4アシストをあげ、悲願の初優勝を果たすと、92、93年もリーグを制覇。1度目の引退を経た96~98年には2度目の3連覇を成し遂げた。
一方のデュラントはプロ5年目の2012年、オクラホマシティ・サンダーのエースとして初めてファイナルの舞台に到達。マイアミ・ヒート相手に平均30.6点と奮闘したものの、チームは1勝4敗で敗退した。
その後デュラントは16年に移籍したゴールデンステイト・ウォリアーズで2度の優勝とファイナルMVPを獲得。しかし、当時のチームはステフィン・カリーを中心に強豪としての地位を確立しており、移籍に際して批判も多かった。
ジョーダンは、ピッペンやホーレス・グラントなど既存のメンバーとともにチーム力を高め、6度のファイナルすべてでMVPに選出。誰が相手でも一歩も引かず、ストイックに勝利を追い求めた。
デュラントは先日、キャリア通算得点でジョーダンを抜いて歴代5位へ浮上したように、その実力に疑いの余地はない。ただ、優勝はウォリアーズ時代の2回で、その後在籍したブルックリン・ネッツとフェニックス・サンズでは頂点に立てなかった。
新たな“火種”を投じたトーマス。負けず嫌いなジョーダンの胸中は――
構成●ダンクシュート編集部
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