
失われていた古代ギリシアの哲学者の詩が発見されました。
エジプト・カイロのフランス東方考古学研究所(IFAO)に保管されていた約2000年前のパピルスから、前ソクラテス派の哲学者エンペドクレスの未発表の詩句が30編も見つかったのです。
エンペドクレスとはどのような人物だったのか?
また、発見された詩には何が記されていたのでしょうか?
目次
- エンペドクレスとは何者か?世界を「混ざり方」で説明した哲学者
- 2000年越しに蘇った「失われていた詩」
エンペドクレスとは何者か?世界を「混ざり方」で説明した哲学者

エンペドクレスは紀元前5世紀ごろ、現在のイタリア・シチリア島にあたるアクラガスで活躍した自然哲学者です。
彼は単なる思想家ではなく、医者や政治家としても活動した多才な人物として知られています。
彼の最大の特徴は「世界は何からできているのか」という問いに対して、非常に直感的でありながら革新的な答えを提示したことにあります。
エンペドクレスは、万物は次の4つの基本要素からできていると考えました。
土、水、空気、火の4つです。
そして重要なのは、「新しく何かが生まれる」のでも「完全に消える」のでもなく、これらの要素が混ざったり分かれたりすることで、あらゆる現象が生じると説明した点です。
つまり、世界の変化とは「構成の変化」に過ぎないという考え方です。
さらに彼は、この混ざりと分離を引き起こす原動力として、2つの力を想定しました。
1つは結びつける力である「愛」、もう1つは引き離す力である「争い」です。
この2つの力が交互に優勢になることで、宇宙全体が周期的に変化し続けると考えました。
この発想は、単なる物質の説明にとどまらず、世界全体を動かすダイナミックな仕組みを描いたものだったのです。
このようにエンペドクレスは、「変わらないもの」と「変わり続ける世界」を両立させた点で、古代哲学の大きな転換点を担った人物でした。
2000年越しに蘇った「失われていた詩」
今回の発見の核心は、エンペドクレスの著作の一つとされる詩『自然について』の未知の断片が見つかったことにあります。
このパピルスは、カイロのフランス東方考古学研究所の資料の中から見つかり、「P. Fouad inv. 218」と呼ばれています。
仏リエージュ大学のパピルス研究チームによって、エンペドクレスの作品の一部であることが特定されました。
これまでエンペドクレスの思想のほとんどは、プラトンやアリストテレス、プルタルコスといった後世の著者が引用した断片に頼るしかありませんでした。
しかし今回の発見によって、研究者たちはついに「本人が書いた原文」を直接読むことが可能になったのです。
明らかになった詩句は、粒子が外へ流れ出すという「流出(エフルウィア)」の理論や、感覚、とくに視覚の仕組みに関する内容を扱っていました。
彼は、物体から微細な粒子が放出され、それが感覚器官に届くことで知覚が成立すると考えたと伝えられています。
これは彼の自然観と認識論が密接に結びついていることを示しています。
【発見されたエンペドクレスの詩の画像がこちら】
さらに分析の結果、この詩句が後世の哲学者に与えた影響もより具体的に見えてきました。
たとえば、プルタルコスの文章の一部が、この詩を直接の出典としている可能性が指摘されています。
また、プラトンの対話篇や、アリストテレスの弟子テオフラストスの著作との関連も示唆されています。
加えて、喜劇作家アリストファネスや、ローマの哲学者ルクレティウスの作品にも、これまで見過ごされてきた影響が見いだされました。
つまり今回の発見は、単に「新しい文章が見つかった」というだけではありません。
古代哲学の知のネットワークの中で、エンペドクレスがどのような位置にいたのかを、より正確に描き直す手がかりを与えてくれるものなのです。
2000年の沈黙を越えて、哲学者が再び語り出す
エンペドクレスの思想の大部分は、長い間、他者の言葉を通してしか知ることができませんでした。
しかし今回の発見によって、彼自身の声に直接触れることが可能になりました。
それは単なる歴史的発見ではなく、「思想そのものの復元」とも言える出来事です。
2000年の時を越えて現れた詩は、私たちに問いかけています。世界は何でできているのか、変化とは何なのか、そして人間はどのようにそれを知るのか。
その問いは、現代に生きる私たちにとっても、決して過去のものではありません。
参考文献
Thirty previously unpublished verses by Empedocles discovered on a papyrus from Cairo
https://phys.org/news/2026-04-previously-unpublished-verses-empedocles-papyrus.html
元論文
L'”Empédocle du Caire” (P.Fouad inv. 218). Introduction, texte, commentaire
https://hdl.handle.net/2268/329390
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

