最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
脳トレ四択クイズ | Merkystyle
【Do My Best, Go!|髙橋礼華・女子バドミントン|後編】「とにかく1点、1点を取って積み重ねていくしかないんだ」追い込まれた決勝の舞台。支えになったのは“諦めない”というただ一心

【Do My Best, Go!|髙橋礼華・女子バドミントン|後編】「とにかく1点、1点を取って積み重ねていくしかないんだ」追い込まれた決勝の舞台。支えになったのは“諦めない”というただ一心

明日への一歩を応援する「Do My Best, Go!」。今回は2016年リオデジャネイロ五輪でバドミントン女子ダブルス金メダル獲得という偉業を達成した「タカマツペア」の髙橋礼華さんが登場。競技を始めたきっかけやこれまでのキャリアの転機、リオ五輪までの道のり、引退の決断、今後の目標、そしてアスリートの食生活まで幅広く語ってくれた。

――リオまでの4年間は世界選手権で勝てないなど紆余曲折もありました。

 正直、無理かもと考えたこともありました。当時は中国ペアを筆頭に強いペアがいたので金メダルを遠く感じていました。それでも足りないと感じた分は練習で埋めようと前だけ向いて進んでいきました。

 私が無理かもしれないと思った時には、松友が絶対に大丈夫と支えてくれたし、逆もあった。いつも上を目指し続けてトレーニングができる関係だったのが大きかった。一心同体ではないですけど、ペアとして同じ目標を見れていないとうまくいかない。それを痛感した4年間でしたね。

――そして迎えたリオ五輪本番。順調に勝ち上がり、決勝はデンマークのクリスティーナ・ペデルセン&カミラ・リュダユール組との対戦でした。第1ゲームを18-21で先行され、第2ゲームを21-9で制してタイに持ち込み、迎えた第3ゲーム。一時は16-19とリードを許し、絶体絶命の状況に直面しました。

 あきらめないという気持ちだけだったと思います。金メダルに届かなかったとしても、自分が負けを認めてしまったら終わりだと考えていました。

 五輪の決勝という舞台なんて人生で二度と味わうことができない。だからこそ、ここであきらめるわけにはいかない。「とにかく1点、1点を取って積み重ねていくしかない」と自分自身を奮い立たせながら、最後まで戦い抜けたと思います。

――最後に相手のコートにシャトルが落ち、金メダルが決まった瞬間は?

「終わった?勝ったの?何が起きたの?」という感覚でした。「金メダルだ!よっしゃー!」という感じではなかったですね(笑)。あの状況で逆転できたのは、あきらめずに戦ったからという確信がありました。
 ――金メダル獲得後の盛り上がりはどのように過ごされたのでしょうか?

 そのときの松友との会話は全然覚えていません(笑)。ずっと慌ただしく動いたので、感動を味わう余裕もなかったですね。表彰式でメダルをかけてもらってすぐに現地にいた日本のテレビ局回りをしたり、閉会式も参加しましたがほとんど記憶がないですね。それくらい怒涛の日々だったと思います。たくさんの方からメッセージをもらってじわじわと実感が湧いてきた気がします。

――日本バドミントン界初の金メダル獲得ということで、2020年夏に開催予定だった東京五輪も大きな期待が寄せられましたが、2020年8月に現役引退を決断されました。

 東京五輪選考レースの私たちは3番手でした。その最中にコロナ禍で五輪が延期になりました。選考レース再開後は30~31歳になってしまうと考えたとき、難しいかもという気持ちになりました。もし奇跡が起きて、東京五輪に出られても金メダル以外は納得できない。じゃあ今の状態でその目標にたどり着けるかと考えたときに引退を決断しました。

――同年12月に同じバドミントン選手の金子祐樹選手と結婚し、2021年にはお子さんも誕生されました。

 引退直後は体育館に行かない日々に戸惑いもありました。自分や周囲の環境が少し落ちついてきた2023年くらいから自分がバドミントンで得た経験を伝えていけたらと考えるようになりました。そこからU-19日本代表チームや名古屋2部のチームを指導させていただくなど、少しずつ活動をはじめています。自分の考えを相手に伝えてプレーをしてもらうことは難しいですけど、新たなやりがいにもなっています。だから体が動いて、金メダリストとしての需要があるうちは、バドミントンやスポーツ界に貢献していければと思います。

 あとはこれまでバドミントンしかやってこなかったので、それ以外で興味があることにもどんどんチャレンジしていきたいですね。
 ――ここからは食事についてお伺いします。現役時代、食事についての勉強や取り組みなどはされていましたか?

 いえ、他のトップアスリートの方に比べて食事への意識は低くて、よく金メダリストになれたと自分でも思います(笑)。本当に細かいところまで管理されている選手の方がたくさんいらっしゃるので尊敬しています。

――そのなかでも取り組んでいたことは?

 少し体重が増えたかなと感じた時には脂質を減らすように意識をしていました。もともとお菓子などを食べる方ではなかったですし、バドミントンは想像以上にハードなスポーツなので、動いていれば食べた分だけ消費されていました。体重の増減もあまりないタイプだったので、たくさん練習をして好きなものを食べていました。

 あと栄養士の方から「汁物から先に食べた方が翌日の疲労が和らぐ」と教えて頂いてからずっと実践していました。夏場は食が進まないこともありましたけど、食べないとちゃんと練習ができない。汁物から食べると食欲も多少なりとも湧いてくるので気持ちの部分でも助かっていました。

――好き嫌いはありますか?

 かなり偏食です…(笑)。魚介類で言うと、タコや牡蠣は苦手ですし、ほかにも結構ありました。でも野菜は結構なんでも食べられましたし、肉も魚も焼いたものは大丈夫だったので、アスリートとして摂取しなければいけない栄養素は摂れていたかなと思います。

――トップアスリートは海外遠征が多いですが、そういう時はどうされていましたか?

 松友が「日本食を食べたい」ということが多かったので、基本は和食レストランを探していました。最近は海外でも日本食ブームのおかげで生姜焼きや親子丼とかを探して食べるようにしていましたね。

――きのこは栄養価の高さと低カロリーな点からアスリートにとって有益な食材と言われています。日々の食事のなかできのこを食べることはありますか?

 私はしめじ、マイタケ、シイタケときのこは全部好きなので、今も最近きのこを食べてないなと思ったら食べるようにしています。腸内環境を整える効果もあって有難いなと思います。

 海外ではマッシュルームスープが好きでよく飲んでいました。日本だとなかなかマッシュルームスープを置いている店が少ないですけど、欧州に行けば、比較的手軽に飲めるので、頻繁に注文していましたね。

――お子さんが生まれてから食事や栄養への意識は変化しましたか?

 子どもではなく結婚をきっかけに変わったと思います。旦那さんが2年前まで現役のバドミントン選手だったことと、義母がすごい料理上手で食事のたびに何品も作っている姿を近くで見ていました。私も現役時代は1人暮らしで自炊をした経験もあったので、主菜1品・副菜2品・汁物・ご飯といったメニューでバランスを考えながらほぼ毎回、作っていますね。

――素晴らしい心遣いですね。子供さんに対してはどうですか?

 まだ4歳なので、なかなか大変ですね。ほうれん草、小松菜など緑黄色野菜がダメみたいですし、食べさせようとすると嫌がります。ハンバーグに中に刻んで入れてみたりと工夫はしていますが、幼稚園の給食では食べるけど家だと食べないこともあったりするので少しあきらめている部分もあります(笑)
 ――バドミントンを頑張っているジュニアアスリートへのアドバイスをお願いします。

 私はバドミントンで決めた目標に対して「絶対に叶う」「叶えてやる」という強い気持ちを持って私生活から取り組んできました。子どもたちにも「絶対に自分が一番になってやる」とか「この大会で勝つ」「勝てる」という自信を持って練習に取り組んでほしいです。

 だからといってバドミントンだけを頑張るのではなく人間力の部分も必要になります。日常生活からアスリートとしての意識をもって生活することで結果もついてくると思っています。私自身そこまで完璧な自己管理ができていたわけではありませんが、例えば大谷翔平選手だったりお手本となるアスリートの方がいるのでぜひ参考にしてほしいです。

――最後にこれからの目標を教えてください。

 今はバドミントン選手の髙橋礼華ではない時間が増えて、その時間に幸せを感じています。これからも自分の経験を多くの人に伝えていくこと、次世代のバドミントン界を担うジュニアアスリートへの指導をやっていきたいのは目標のひとつ。

 そしてもう1つがネイルですね。20代の頃からネイルが好きで、美容系にはすごく興味がある。自分も出産、子育てという経験して、ネイルを通して子育てや仕事を頑張っている女性が元気になれるようなことが出来たらいいなと思っています。



髙橋礼華/たかはしあやか
1990年4月19日生まれ、奈良県橿原市出身。聖ウルスラ学院智英中学校―同高校―日本ユニシス。
2人姉妹の長女として生まれ、小学校から本格的にバドミントンを始める。10歳の時に全国小学生大会で優勝し、中学から仙台へ。高校時代に松友美佐紀選手とコンビを組み、高校3年だった2008年には女子ダブルスとチームで全国制覇。その後はダブルスで力を発揮していく。初めて全国の頂点に立ったのは、2011年の日本総合選手権。2012年ロンドン五輪には出場できなかったものの、その後の4年間は日本女子バドミントン界のエースに君臨。2016年リオ五輪で悲願の金メダルを獲得した。2000年の東京五輪も目指していたが、コロナ禍に突入。大会が1年延期になったこともあり、2020年8月に現役引退を発表。その後、男子バドミントン選手の金子祐樹さんと結婚。現在は母親業に軸を置きながら、バドミントンの指導や講演活動などに携わっている。
配信元: THE DIGEST

あなたにおすすめ