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「他のヤツらと同じ努力ではチャンスはない」――ジョーダンの“覚醒”を生んだ瞬間を大学時代の恩師が回想<DUNKSHOOT>

「他のヤツらと同じ努力ではチャンスはない」――ジョーダンの“覚醒”を生んだ瞬間を大学時代の恩師が回想<DUNKSHOOT>

“NBA史上最高の選手(GOAT)”とも称されるマイケル・ジョーダンは、1984年のドラフト全体3位指名でシカゴ・ブルズに入団。類まれな得点能力と、勝利への飽くなき欲求で、91~93年、96~98年にチームを優勝に導き、そのすべてでファイナルMVPを受賞した。

 15年間のキャリアで史上最多となる得点王10回、歴代トップの平均30.1点、88年には最優秀守備選手賞にも輝くなど、その功績は枚挙に暇がない。

 またプロ入り前、ノースカロライナ大1年時の1982年NCAAトーナメント決勝で優勝を決める決勝弾“ザ・ショット”を沈め、伝説の第一章として刻まれることになったのも語り草となっている。

 当時、ディーン・スミスHC(ヘッドコーチ)の下でアシスタントコーチを務め、2007年にバスケットボール殿堂入りを果たしているロイ・ウィリアムズが、ポッドキャスト『How Leaders Lead with David Novak』でジョーダンについて言及した。

「彼にはとてつもない向上心があった。私のお気に入りのアスリートを3人挙げるとすれば、マイケル・ジョーダン、タイガー・ウッズ(ゴルフ選手)、そしてタイラー・ハンズブロウ(ノースカロライナ大出身の元NBA選手)だ。なぜなら、彼らは最高の自分であるために、すべてをやり抜いたからだ」

 ウィリアムズはさらに、「マイケル・ジョーダンは誰よりもハードに練習した」と証言した上で、バスケットボールの神様が“覚醒した瞬間”についても明かしている。
 「マイケルが1年生の時、私が叱咤すると彼は『コーチ、僕はノースカロライナ大(UNC)の歴史で最高の選手になりたいんです』と言った。『それなら、高校時代よりももっと努力しなければならないぞ』と話すと、『僕は他の誰にも負けないくらい一生懸命やっています』と答えた。

 そこで私はこう返した。『失礼。君はUNC史上最高の選手になりたいと言ったんじゃなかったかな?もし他のヤツらと同じ程度の努力で満足しているなら、そんなチャンスは万に一つもないぞ』とね。それからしばらく時が経ち、マイケルは私のところへ来て『僕以上に努力する人間なんて、もう2度と現れませんよ』と言った」

 その後のジョーダンは、まさに有言実行だったという。

「マイケルはその言葉をその後の人生を通して証明し続けた。1年生の時に194cmだった身長は2年生で198cmになり、さらにスピードも増した。私と他のアシスタントコーチ、トレーナーの3人で彼の40ヤード走(約36.5m)を計測したけど、1年生の時に4秒5台だったタイムが、2年生では4秒38になっていたんだ。私は自分の時計が故障したのかと思い、彼にもう一度走らせた。

 マイケルは不適な笑み浮かべて私の横を通り過ぎながら、『思ったより速かったでしょう?』と言った。もう一度測っても、やはり4秒38だった。マイケルはより大きく、より強く、より速くなって戻ってきたんだ。そして、あの特別な向上心を持っていた。彼は毎日、より優れた選手になろうと努力し続けていたんだ」

 ジョーダンが史上最高の選手となった理由は、生まれ持った才能以上に、誰よりも時間を費やした努力と、負けず嫌いのマインドだったということだろう。

構成●ダンクシュート編集部

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配信元: THE DIGEST

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