試合が終わってからもしばらく、彼女はコートを去ることはなかった。色紙やスマートフォンを手に、サインや写真を求める観客たちの対応に追われていたからだ。
「今日、すっごくお客さん、多くなかったですか?」
たっぷり15分は、ファンサービスに費やしただろうか。引き上げてきた伊藤あおいは、目を丸くしながら、うれしそうに驚きの声をあげる。確かにこの日の靭テニス公園のセンターコートには、平日の真昼間にも関わらず、多くの観客が集っていた。
センターコートに続く階段を上がった時、伊藤の目に真っ先に飛び込んできたのは、スタンドに座るファンたちの姿だったという。それは彼女にとって、久しぶりに見る光景。昨年(2025年)8月末の全米オープン予選を最後に、腰椎分離症のために長くコートを離れていたからだ。
復帰戦は、3月上旬のW35チュニジア大会。現在、大阪市で開催中の「富士薬品セイムス ウィメンズカップ」(W35)が、復帰5大会目。その本戦初戦で、伊藤の試合を直に見るべく会場に足を運んだファンたちは、恐らくは『伊藤ワールド』を堪能したことだろう。
鋭い逆回転のかかった変幻自在のフォアスライスは、時に深く、時に浅く、相手の手元から逃げていくように跳ねる。そうかと思えば、ダウンザラインへのフラットショットでウイナーを叩き込んだ。スイングボレーあり、ロブあり、ドロップショットあり。予選を勝ち上がった好調の小林ほの香相手に、6-1、6-0で勝利。コーチである父の時義さんも、「復帰後、一番よかった」と頬を緩める快勝だった。
半年のツアー離脱からの復帰は、本人いわく「体力の低下を痛感した」ところからのスタートだった。復帰戦のチュニジアでは、初戦でいきなりフルセットの死闘。翌日は「全身筋肉痛」で、コートに立つのがやっとだった。
翌週の2大会目は、体調を崩して「熱が39度超え」の中での熱戦。それでも3時間14分戦い抜き勝利したのは、彼女の負けず嫌いと類まれなるセンスゆえだろう。ただ翌日は、あらゆる意味でフラフラ。意地でコートに立つが、試合途中での棄権となった。
日本に戻り最初に出た甲府のW75大会では、花粉症が彼女を襲う。バウンドが低く速いコートも、戦略家の彼女を悩ませた。
「甲府では、コートに慣れる前に散りました」
それが、ここまでの歩みである。 もともと伊藤は、試合を重ねる中で体力も試合勘も養うタイプ。「練習できないことも、試合だとできるようになる」との自負と期待もあったが、体力不足はいかんともし難かったようだ。
「テニスができない間は、睡眠時間を十分に取り、体力を落とさないように散歩もしていたんですが、やっぱり体力がほぼゼロになってました」
そういい、恥ずかしそうに肩をすくめる。「半年という時間は、大きいですね」。そうともポツリと言った。
82位まで上がったランキングは、半年の間に218位まで落ちてしまった。ただプロテクトランキングを使えば、グランドスラム(四大大会)本戦にも出場できる。貴重なそのカードはウインブルドンと全米オープンに温存予定。「大事なのはグランドスラム。6月や7月頃までに調子を上げられるように頑張りたい」と、ピークを合わせる時期を明確に見定めている。
そのためにも、今何より欲しいのは、実戦。
「まだ全然体力が戻っていないので、正直、トーナメントを勝ち上がれる自信は一切ないです」
いつもの「あおい節」を軽やかに響かせて、かつていた場所への階段をヒタヒタと上がっていく。
取材・文●内田暁
【動画】伊藤VS小林の「富士薬品セイムス ウィメンズカップ」1回戦ハイライト
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