
長い道のりを歩き続ける巡礼の旅。
その経験は、単なる宗教行為や観光とは異なり、人の内面に大きな変化をもたらすといわれてきました。
台湾・日本・スペインの巡礼者を対象にした新たな研究では、この精神的成長の変化が偶然に起きるものではなく、「6つの段階」を経て進むプロセスであることが明らかになりました。
研究の詳細は中国・国立雲林科技大学により、2026年の心理学誌『Psychology of Religion and Spirituality』に掲載されています。
目次
- 巡礼はいかに人を変えるのか?ーー身体から始まる変化のプロセス
- 精神的成長を導く「6つのステップ」とは何か
巡礼はいかに人を変えるのか?ーー身体から始まる変化のプロセス
巡礼とは、宗教的・精神的な意味を持つ場所を順番に訪れる長い旅のことです。
四国遍路やサンティアゴ巡礼のように、数日から数週間にわたって長距離を歩くケースも少なくありません。
今回の研究では、台湾の媽祖巡礼、日本の四国遍路、スペインのサンティアゴ巡礼という異なる文化圏の3つの巡礼を経験した15人に対し、詳細なインタビューが行われました。
その内容をもとに、巡礼中に起きる心理変化の共通パターンが分析されています。
その結果、巡礼の変化は「考え方」から始まるのではなく、まず「身体」から始まることが分かりました。
巡礼者は長距離の歩行や疲労、痛みといった身体的な負荷にさらされます。
このような状況では、普段のように物事をコントロールする余裕がなくなり、自分の弱さや限界と向き合うことになります。
研究ではこの状態を「脆弱性の力」と呼んでいます。
つまり、人は追い込まれることで初めて、自分の内面を深く見つめる準備が整うのです。
さらに歩き続けるうちに、巡礼者は「フロー状態」に入ります。
これは動作が自然に進み、思考が静まり、現在の行動に完全に没入する状態です。
参加者の中には、「自分で歩いているというより、歩かされている感覚だった」と語る人もいました。
困難に抗うのではなく、流れに身を任せる「委ね」の状態に入ることで、心の在り方が大きく変わっていきます。
このように巡礼は、身体的な体験をきっかけとして心理的な変化を引き起こす、独特のプロセスを持っているのです。
精神的成長を導く「6つのステップ」とは何か
研究では、巡礼者の精神的変化を6つの要因として整理しています。
まず出発点となるのが「変化への渇望」です。
これは宗教的な理由だけでなく、人生の行き詰まりや新しい挑戦への欲求など、「今の自分を変えたい」という思いが巡礼の動機になります。
次に訪れるのが「脆弱性の力」です。
長く厳しい旅の中で、身体的な疲労や精神的な不安が積み重なり、自分の弱さを認めざるを得なくなります。
この経験が、内面の変化を引き起こす重要な引き金になります。
三つ目は「自己とのつながりとフロー状態」です。
歩くことに没入する中で思考が静まり、自分自身と深く向き合う時間が生まれます。
四つ目の「上昇と超越」では、内省や自己対話が進み、やがて心の平穏や、自己を超えた感覚に至ります。
これはいわゆる「悟り」に近い体験ともいえます。
五つ目は「外的つながりと知覚」です。
巡礼者は道中で出会う人々や偶然の出来事に意味を見出し、目に見える支援だけでなく、見えない助けにも気づくようになります。
その結果、深い感謝の感情が芽生えます。
そして最後が「安定・帰属・スピリチュアル体験」です。
巡礼の終盤では、儀式や聖地、お守りや巡礼記録といった要素が支えとなり、自分がどこに属しているのかという感覚が強まります。
こうして巡礼は、「変わりたい」という動機から始まり、苦しさを経て、内省と再構築を進め、最終的に安定した自己へと至るプロセスとして機能します。
研究者らは、この一連の流れが、身体的・感覚的な体験を通じて心理的内省を引き起こし、最終的に精神的覚醒と変容へとつながると結論づけています。
歩くことで、人は自分を作り直す
今回の研究が示したのは、巡礼が特別な人だけの宗教体験ではないという点です。
それはむしろ、「身体を使って自分を見つめ直すための装置」ともいえるものです。
歩くことで思考が静まり、苦しさの中で自分の弱さと向き合い、やがて他者や世界とのつながりに気づいていく。
このプロセスは、現代社会の中で失われがちな「立ち止まる時間」を取り戻す手段ともいえるでしょう。
遠くの聖地へ向かう長い道のりは、実は自分自身へと戻る旅でもあるのかもしれません。
参考文献
New study reveals six stages of spiritual growth experienced during a pilgrimage
https://www.psypost.org/new-study-reveals-six-stages-of-spiritual-growth-experienced-during-a-pilgrimage/
元論文
Spiritual Transformation Through Pilgrimage: A Grounded Theory Analysis of Experiences in Taiwan, Japan, and Spain
https://doi.org/10.1037/rel0000584
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

