
今から約2000年前に亡くなったひとりの少年。
その体はミイラとなり、長い年月を経てヨーロッパの博物館に保管されてきました。
しかし、その正体を知るための記録は、第二次世界大戦の戦火によって失われてしまいます。
名前も出身も、どんな人生を送ったのかも分からないまま、ただ「子どものミイラ」として眠り続けていたのです。
ところが最新の医療技術によって、この少年の体に再び光が当てられました。
ポーランドのヴロツワフ大学(University of Wrocław)の研究チームは、CTスキャンとX線を用いてミイラの内部を詳細に調査。
その結果、思いもよらない発見が報告されたのです。
それは少年の胸の上に置かれていた「正体不明の物体」の存在でした。
研究の詳細は2026年2月18日付で学術誌『Digital Applications in Archaeology and Cultural Heritage』に掲載されています。
目次
- 失われた記録と「見えない内部」を読む技術
- 胸の上に置かれていた「見えない遺物」
失われた記録と「見えない内部」を読む技術
【実際の子供のミイラの画像がこちら】
このミイラは1914年、ドイツ出身の枢機卿アドルフ・ベルトラムによってヴロツワフにもたらされ、大司教区博物館に収蔵されました。
しかし、その来歴を記した資料は戦時中に消失し、長年にわたって「正体不明のミイラ」として扱われてきました。
本格的な科学調査が始まったのは2023年のことです。
研究チームは、遺体を傷つけることなく内部を調べるため、CTスキャンやX線撮影といった非侵襲的手法を用いました。
こうした非侵襲的な3D解析は、貴重な文化財を傷つけずに内部を調べられる点で、近年のミイラ研究を大きく変えつつあります。
その結果、少年の基本的な情報が次々と明らかになります。
歯の発達や骨の状態から、死亡時の年齢は約8歳と推定されました。
また、カルトナージュと呼ばれるミイラを包む外装の装飾様式から、出身地は上エジプト南部、特にコム・オンボやアスワン周辺の可能性が高いと考えられています。
【子供ミイラのスキャン画像がこちら】
さらにミイラの内部構造も詳しく解明されました。
脳は鼻腔から取り除かれており、これは古代エジプトで一般的な処理です。
一方で内臓の除去方法には特徴があり、通常の腹部切開ではなく、直腸を通じて取り出された可能性が示されました。
体内には布などの繊維が詰められていましたが、防腐処理に使われる樹脂の量は比較的少なめでした。
これらの特徴から、このミイラはプトレマイオス朝時代(紀元前332年から30年頃)の中流階級による埋葬と推定されています。
ただし、これほど詳細な情報が分かっても、ひとつだけ大きな謎が残りました。
少年の死因は、依然として特定されていないのです。
胸の上に置かれていた「見えない遺物」
今回の研究で最も注目されたのは、ミイラの内部構造そのものではありませんでした。
CT画像を3次元的に解析する中で、研究者たちはある異常に気づきます。
それは少年の胸の上に何らかの物体が置かれているという事実でした。
この物体は外部からは確認できず、包帯やカルトナージュに覆われていたため、これまで誰にも知られていませんでした。
つまり、2000年以上にわたって「完全に隠されたまま」存在していたのです。
しかし、この謎の物体を取り出して調べることは簡単ではありません。
ミイラを覆うカルトナージュはすでに損傷しており、非常に壊れやすい状態にあるため、物理的な開封は大きなリスクを伴います。
現時点での有力な仮説は、それがパピルスの巻物である可能性です。
もしそうであれば、そこには少年の名前や身分、あるいは来世に関する呪文が記されているかもしれません。
古代エジプトでは、死後の世界での再生や保護を願って、さまざまな文書や護符が遺体とともに埋葬されました。
この物体も、そうした宗教的な意味を持つものだった可能性があります。
チームは現在、この物体を損傷させずに内容を読み取る新たな手法の開発を進めています。
いわば「開けずに中身を読む」という、現代技術ならではの挑戦が続いているのです。
参考文献
Mystery item spotted in 2,000-year-old Egyptian child mummy
https://www.popsci.com/science/child-mummy-egyptian-mystery-item/
New Research reveals secrets of a child’s mummy
https://uwr.edu.pl/en/new-research-reveals-secrets-of-a-childs-mummy/
元論文
Digital technology in the service of mummy studies. Egyptian child mummy at the Museum of the Archdiocese in Wroclaw
https://doi.org/10.1016/j.daach.2026.e00505
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

