4月5日のJTO高島平大会は、想定外の話題を呼ぶことになった。大会前夜、代表兼選手のTAKAみちのくが交通事故に遭い病院に運ばれたのだ。
本人がそのことをSNSで報告。脳震盪を起こしていたという。その状態で試合をしたことが取り沙汰された。安全面を考慮して、試合をすべきではなかったのではないかと。
検査の上、医師からの許可を得ての出場だったとTAKAは説明。それでも当然、疑問は残る。
ただ、SNSとそれを元にしただけの記事では分からないこともある。この日、TAKAが対戦したのは愛弟子である稲葉ともか。試合はロープエスケープのあるロストポイント制のJTOルールで行なわれた。
JTOルールでは通常のプロレスよりグラウンドの攻防が多くなる。つまり投げ技の連発で頭を打つような可能性は低い。身長154cmの稲葉とは体格差があるから投げられにくい面もある。
だが稲葉は空手出身で蹴りも大きな武器だ。TAKAは試合中、ハイキックを徹底的にディフェンスしていた。試合後も「ハイキックを食らったら最後だった」と語っていた。
ルール、相手、そこからくる試合展開の予想を踏まえての“強行出場”であり戦略ではあった。このあたりは“ネットの話題”だけでは見えない部分だ。
何より、この試合の“主役”は稲葉ともかだった。JTO1期生でありJTO QUEEN、JTO GIRLSタッグのベルトを獲得している、JTO女子部門を代表する選手だ。
稲葉はTAKAと3月の後楽園ホールでも対戦。稲葉の希望によるものだった。“師匠超
え”をテーマに掲げる理由もあった。TAKAは稲葉の同期である舞華(現スターダム)に必殺技であるみちのくドライバーⅡを初めて伝授している。また稲葉と練習生時代をともにしたMIRAI(現みちのくプロレス)とのシングルではみちのくドライバーⅡで勝利し、女子には初めて使ったと語っている。
ならば、自分はTAKAみちのくから女子選手として“初めて”の勝利を奪ってやろうと稲葉は考えた。それが自分の突破口になるのではないかという思いもあったはずだ。
JTOには、後楽園ホール大会を満員にできていないという現状がある。JTOを、とりわけ女子をもっと広めたい。またレギュラー参戦しているスターダムでは、実力が認められてはいるものの思うような結果が掴めていない。
自分は何をすべきか。どうすれば現状を打破できるか。迷い、悩む日々の中で挑んだTAKAみちのく戦だった。空手では男女関係なく稽古するし、やり方次第で男子にも勝てるというのがファイターとしての稲葉のベース。JTOに入門した理由の一つは、男女両部門があるからだ。
後楽園ではスリーパーホールドで敗北。今回は急角度のジャーマンスープレックスでKOされた。どちらの試合でも得意の蹴りを効かせてはいたのだが、あと一歩及ばない。今回はダブルダウンからTAKAが立ち上がっての決着だった。
試合を前に、稲葉には気持ちが乱れたところもあったという。JTOルールを望んだのは、自身の原点とも言える闘いだから。このところ初心に戻り、デビュー当時と同じ練習にも取り組んだ。そのことで新鮮な発見もあったという。
ところが、試合を前にTAKAが交通事故に。「心配だったし、どうなってしまうんだろうと思って眠れなかったです」と稲葉。
「それでも、リングに上がると決めたなら容赦なくいこうと」
ただそれで吹っ切れたわけでもなかった。JTOにおける稲葉の原点、初心とは、TAKAの教えである“一点集中”だ。腕でも足でも、狙った箇所を徹底して攻め続ける。その一方で、打撃での“一撃必殺”も稲葉の持ち味。
「一点集中か一撃必殺か、そこに迷いが出てしまいましたね」
冷静に関節を捉えていくか、交通事故の直後にリングに上がってきた相手を非情に蹴り潰すか。その迷いがミスだったと稲葉は振り返った。
苦しみながら何かを掴もうとしている稲葉。もがいている状態だが、もがいている姿に惹きつけられることもあるのがプロレスだ。団体の“長女”として自分のことばかり考えてはいられないからこその悩みでありもがき。それは選ばれた者だけの“特権”でもある。
「とにかく試合をして、その中で学んで、掴んでいくしかない。TAKAみちのく超えも諦めてないです。師匠と闘わせてもらうという経験じゃなく、結果を目指します」
男女問わず、もがいているファイターにしか感じられない“色気”というものがある。今もがくことが、稲葉ともかという存在をさらに大きくするのだろう。
取材・文●橋本宗洋
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