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「審判がバルサを優遇しているという嘘を構築しようとしている」再選決定のバルセロナ会長が語るメッシ退団、ネグレイラ事件、マドリーとの関係【現地発インタビュー】

「審判がバルサを優遇しているという嘘を構築しようとしている」再選決定のバルセロナ会長が語るメッシ退団、ネグレイラ事件、マドリーとの関係【現地発インタビュー】


 ジョアン・ラポルタは、来たる7月1日から再びバルセロナのトップに立つことになる。バルセロナのディアゴナル通りにある自身の弁護士事務所でエル・パイスのインタビューに応じた彼は、達成したことへの自信を見せる一方で、自らを直感的だと評する人々には疑念を抱いている。

「私は努力家で熟考するタイプでもある。物事を準備し、計画を立てるのだ」と彼は語る。そして、周囲を友人で固めているという批判に対し、こう反論した。

「私がクラブに到着した時、組織は乱れ、損失が出ていた。クラブを救うために結束すべき時だったのだ。バルサを救うために1億2500万ユーロの保証を背負える人間など、ほとんどいなかったはずだ」

 怒りよりも確信に満ちた口調で彼は強調する。リラックスして親しみやすく、冗談を交えながらも物怖じする様子はまるでない。意気揚々としているのも無理はない。去る3月15日、彼は68.8%という圧倒的な得票率で会長選挙に勝利したのだ。

―――◆―――◆―――

――7月1日までの移行期間はいかがですか? 毎日ラファ・ユステに電話しているのですか?

「彼は生涯の友人だ。私の結婚式の付添人も務めてくれた。今は暫定会長と次期会長という関係だが、昔から毎日電話し合っている仲だよ。待機期間中の現在は、あらゆる情報を吸い上げている段階だ。特に予算の執行状況がどうなっているかに関心がある」

――将来、メッシの退団を後悔することがあると思いますか?

「すべきことをしたまでだ。彼には残ってほしかったが、経済的な理由で叶わなかった。我々は決断を下さなければならなかったのだ」
 
――ラ・バングアルディア紙でシャビが言っていた、「もしレオが戻っていたら、彼はあなたよりも大きな権力を持っていただろう」という言葉はどういう意味でしょうか?

「決断が下されるたびに、そうした物語がでっち上げられるものだ。私が会長だった間の中心選手たちとの関係は、常に非常に良好だった。少なくとも、私はとても心地よく感じていたよ。すべてが悪い形で終わる必要はない。選手が去る時は非常に困難なものだが、時が経てば、良い瞬間を思い出し、その人物と再会することになる」

――銅像やオマージュ(記念試合)によって、メッシとの再会が可能になりますか?

「彼は時代を象徴する選手だ。クバラやクライフがそうだったようにね。銅像も記念試合も用意されるべきだ。バルサは彼の家なのだから。未来、そして現在の関係は、レオが望むように、そしてバルサが望むようになるだろう。いつか再び、お互いの利益が一致する時が来るはずだ」

――はっきりしないのですが、ある時はそのように言い、別の時は違うことを言っています。バルサ史上最高は誰ですか、クライフですかメッシですか?

「我々の世代にとって、ヨハンは脳裏に刻み込まれた存在だ。子供の頃、フットボールを知った時の指標はヨハンだった。彼は芸術そのものだった。エル・パイスには、それを完璧に定義するラモン・ベサがいるじゃないか。ヨハンは我々のメンタリティを変えた。勝利との関係だけでなく、フットボールの見方そのものを変えたのだ。それは革命であり、子供にとって革命は大きな刺激になるものだ。そして不屈の反逆者たちは指標となる。だが、レオもまた芸術そのものだ。結果において、得点王として、パサーとして、無敵といっていい存在だ。すべてを持っている」

――メッシの退団は、あなたが遺していくことになるレガシーの中でしこりとして残るのではないですか?

「それは一生背負っていくものだ。同時に、レオをトップチームに引き上げた時の会長が私だったとも考えたい。そして長年、私が会長を務めている間、彼は世界最高の選手だった。その後、決断を下さなければならず、それは正しかったと思っている。結果がそれを物語っている。クラブの経済を回復させることができたし、世代交代と並行しながら、競争力のあるチームを作ることができた。レオはキャリアの終盤にあり、新しいチームを作る必要があったのだ。レオの助けを借りながら新しいチームを作りたかったか? 言わずもがなだ。それは試みたが、叶わなかった」
 
――(レアル・マドリーの会長)フロレンティーノ・ペレスとはどれくらい話していませんか?

「かなりの期間だ。ネグレイラ事件において、マドリーが(告発側として)訴訟手続きに加わって以来、関係は悪化した。我々は欧州スーパーリーグの目的が失われたため、脱退を決定した。具体化しておらず、それはすでに伝えていたことだ。さらにUEFAは欧州フットボールの持続的な成長を可能にするための措置を講じていた」

――フロレンティーノは好きですか?

「私は彼を尊敬しているし、彼も私を尊敬してくれていると感じている」

――権力の中の関係とは変わるものですね。以前はフロレンティーノと良好で、(ハビエル・)テバス(ラ・リーガ会長)とは険悪でしたが、今は逆です。

「人生も人間関係も利害も変わるものだ。責任ある地位に就いていると、関係がそうしたものに基づくこともある。それとは別に、個人的な関係というものがある。私は、たとえ考えが同じでなくても、誰とも仲が悪くならないように努めている」

――テバスのように。

「その通りだ。私はそれぞれの人のポジティブな面を見るようにしている」
 
――2003年のラポルタは、2026年の今のあなたに投票したでしょうか?

「もちろんだ。私は進化したのだ。より多くの経験と知識を持っている。バルサを愛し、以前と同じように守り続けている。クレ(バルサファン)はすでに意思を表明しており、その差は圧倒的だった。我々の圧勝だったし、彼ら(対立候補のビクトル・フォント側)はそれに値した」

――なぜですか?

「彼らは汚い手を使ったからだ。虚偽に満ちた告発を行い、メディアで信憑性があるように見せかけ、その後も疑惑を生むような介入を繰り返した。ハーランド(マンチェスター・シティ)を獲得すると言ってみたりね」

――あなたも2003年の選挙の際、ベッカムを獲得すると言いましたよね。

「それは同じではない。私の場合は誰からも否定されなかった。私は民主主義が尊重されることを望んでいる。時折、『ラポルタはバルサを守る特許権を持っているわけではない、透明性と優れた運営を要求していく』といった声を耳にする」

――誰がそう言ったのですか?

「連中の何人かの関係者だ。彼らこそが透明性と優れた運営の特許権を持っているかのようだが、実際にはこれまで成し遂げたことは何もない。我々は皆でバルサを守っているのだ。ソシオは意思を表明しており、私はそれに感謝している。我々を落ち着いた環境で働かせてほしいものだ」

インタビュアー●ファン・I・イリゴジェン(エル・パイス紙バルセロナ番)
翻訳●下村正幸

※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙のコラム・記事・インタビューを翻訳配信しています。

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――ネグレイラ事件は、バルセロナにとってのしこりになりますか?

「いいや、それはむしろ組織的な誹謗中傷キャンペーンであり、幸いにも成功していない。マドリード側からの思惑があるのだ」

――レアル・マドリーからの、ということですか?

「そうだ。事件が終結しそうになるたびに、彼らは決定的ではない証拠を提示する。すると裁判官は、プロセスを適切に進めていることを示すために、捜査期間をさらに6か月延長せざるを得なくなる。彼らは、審判がマドリーではなくバルサを優遇しているという嘘を構築しようとしており、それによってライカールトに始まりグアルディオラへと続いたクラブ史上最も輝かしい時代をおとしめようとしている。影響力を持つ『社会学的マドリディスモ』が存在しており、我々は彼らに不利益を被らされることを望まない」

――不利益を被っているわけでもないでしょう。

「私は常に、バルサは圧倒的に優れていなければならないという感覚を持ってきた。なぜなら、審判は我々を優遇しないからだ。ここでは、常にマドリーが助けられているように見える。彼らには『バルセロナ病(barcelonitis)』がある、それは明らかだ。今、我々が副会長だった人物を雇ったことを批判しているが、連中こそマドリーに関係のある審判委員会の会長を据えてきたではないか」
 
――しかし、彼らは支払っていません。

「その必要がなかったからだ。歴代の審判会長たちはマドリーのソシオであり、役員であり、元選手だった。それは批判に値しないと考えられている。しかし、副会長の息子が働いていた会社のサービスを我々が契約したことは批判するのだ」

――バルセロナが求めていたのは審判レポートやスカウティングだったのか、それとも影響力を行使したかったのか、判然としません。

「スカウティングと審判に関する助言という、専門的な仕事だった」

――選手のスカウティングですか?

「その通りだ。当時は現在ほど各部署が専門化されていなかった。スカウトとしてのサービスも含まれていた。それらのレポートはすべて5年ごとに破棄されていたが、今回の手続きの中で、我々は629もの文書を提出することができた」
配信元: SOCCER DIGEST Web

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