
「チ。 ―地球の運動について―」で知られる魚豊の漫画を原作としたアニメ映画「ひゃくえむ。」のBlu-rayが5月27日(水)に発売される。100メートル走にすべてを懸ける若者たちの姿を描いた同作の圧倒的な迫力、そして見る者を飲み込む狂気的とも言える“熱量”はいかにして生み出されたのだろうか。そのBlu-rayに特典映像として収録された「メイキングドキュメンタリー ー真剣(ガチ)になるためー」と「スタッフオーディオコメンタリー」では、制作陣の並々ならぬこだわりが収められている。Blu-ray収録に先駆けて、劇場での限定公開もされているこちらの映像だが、WEBザテレビジョンは一足先に視聴し、作品を貫く“熱”の正体を見た。実写素材を取り入れるロトスコープや緻密な音響設計などの側面から、改めて「ひゃくえむ。」の魅力を深く掘り下げていく。
■実写とアニメーションが融合する表現技術の追求
アニメーション制作において独自の映像表現を目指した岩井澤健治監督の挑戦は、多岐にわたる。その根幹を成すのがロトスコープと呼ばれる手法で、これは実写で撮影した映像をトレースしてアニメーション化する技術を指す。映像特典では役者たちが実際にグラウンドや室内で演技をおこなう様子が確認でき、その生々しい動きや表情が緻密にアニメーションとして描き起こされていることがわかった。
もちろん実写をそのままなぞるだけでは、アニメーションとしての魅力は引き出せない。キャラクターデザインと総作画監督を務めた小嶋慶祐氏は、実写で撮影した顔とアニメーションのバランスに苦心したと語っている。実写のプロポーションをそのまま拾うと頭のサイズや骨格がアンバランスに見えてしまうためだ。実写の説得力を漏らさず、絵としてのバランスを保ち、かつアニメとして見たときの魅力を最大限に引き出す。簡単なことではない。
また同作は背景美術においても、デジタルの利便性に頼りきらないアナログ的なアプローチが取られた。美術監督の山口渓観薫は「『人が描いたぞ』っていう感じは残したいなと思って描いております」とコメント。
デジタルによる効率的な作画が多く用いられる昨今、各カットにこだわりを貫いた同作では手描きの美術カットがほとんどだという。“デジタルは冷たい”などと使い古された言葉を使うつもりはないが、それでも手描きが用いられた「ひゃくえむ。」の描写にたしかな“熱”を感じられたのはたしかだ。
■環境音から劇伴まで徹底された映画音響の設計
音響面でも、本作は映像に負けない徹底的なこだわりを見せている。サウンドデザインを担当した大河原将や音楽を担当した堤博明は、「スタッフコメンタリー」のなかで“映画館での体験を逆算”して綿密な計算をおこなったと明かしている。
本作では音楽スタジオで楽曲ミキシングを行ったあとに、ダビングステージと呼ばれる「映画館に近い環境」でも、その環境や効果音とのバランスを細かく確認しながら音楽ミキシングを再調整。これによって音と映像の距離感が極限まで縮まり、最適なバランスが導き出されたのだという。
サウンドデザインを担当した大河原将は、たとえば走るシーンの足音1つをとってもリアリティを追求し、「公園の足音はスタジオじゃ作れないな」と大河原が自ら公園を走って足音を収録したと明かしている。
土を蹴る音や風を切る音。“画面の見え方”にあわせて“音の距離”にも注意を払い、キャラクターの焦燥感や息遣いを観客へ生々しく伝える。セミが鳴いていないわずかな時間を狙って録音した足音は、重要なシーンを盛り上げる鍵の1つとなった。
■生々しさを生み出すキャスティングと演出の妙
ロトスコープによる映像と緻密な音響を支えるのが、実力派キャスト陣の演技。本作では俳優と声優がそれぞれの持ち味を活かして、キャラクターに息を吹き込んだ。
トガシや小宮といったメインキャラクターには、染谷将太や松坂桃李といった面々が起用されている。アニメ作品に有名俳優が起用されるパターンは多くの場合、「話題性」が優先されがちだ。専門職である声優を差し置いて…という声は、原作を愛するファンからよく聞こえてくる。
だがロトスコープを用いた“生々しい作画”が活きる「ひゃくえむ。」において、俳優陣の演技はアニメキャラクターの枠を超えた“人間臭さ”を表現するのに一役買っている。録音ブースで見せる感情の発露は、実写作品ともいえるリアルさを作品に与えた。
「話題性狙い」ではない証拠に、圧倒的な存在感を放つライバルキャラクターには経験豊富な声優陣が配されている。内山昂輝が演じる財津や津田健次郎が声を当てる海棠は、ストイックなアスリートとしての説得力に満ちた演技を披露。実写的な生々しさを持つ主人公たちと、アニメーションならではのカリスマ性を帯びたライバルたちの対比。声のトーンや演技の質感が異なることで、作品全体に特有の緊張感が生まれている。
メイキング映像の終盤で監督は、多くのスタッフの力が結集して奇跡的に完成したと語った。一人ひとりの技術と情熱が重なり合い、通常の商業アニメーションでは考えられないアプローチが実現したというのだ。
そこには効率や合理性を度外視してでも納得のいく画面を作りたいという、制作陣の熱が見える。トガシと小宮が情熱と狂気で100mのトラックに思いを巡らせる同作。Blu-ray特典ではスタッフの証言を通して、本編の持つ圧倒的な熱量をより深く理解できるようになる。心を揺さぶられる同作の裏側には、物語に負けないほどの情熱があった。

