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スティーブン・キング原作の熱いパトスがほとばしる! 映画『サンキュー、チャック』の心温まる世紀末 (vol.86)

スティーブン・キング原作の熱いパトスがほとばしる! 映画『サンキュー、チャック』の心温まる世紀末 (vol.86)

トロント映画祭で観客賞を受賞し、2025年初夏に全米公開した『サンキュー、チャック』は多くの米映画批評家が去年のベストフィルムとして上げていた珠玉のインディペンデント映画。原作のスティーブン・キング短編小説「チャックの数奇な人生  イフ・イット・ブリーズ」は、ファンタジー溢れる黙示録。ホラーというジャンルから、混沌とした人間模様を見据えてきたミステリーの巨匠スティーブン・キングだが、彼が時折、発信する短編小説はページから踊り出す、ごく普通の人たちが魅力。大御所マーク・ハミル (『スター・ウォーズ』のルーク・スカイ・ウォーカー役) も原作の台詞を一つでもカットして欲しくなかったというほどに、俳優の心を射止めたこの原作に忠実な映画の魅力をこのコラムでも掘り下げてみたい。

「人一人死ぬということは図書館が一つ炎上するようなものだ。」

今、ここで地球が世紀末を迎えるなら、誰と過ごしたいか。映画『ジェラルドのゲーム』(2017) や『ドクター・スリープ』(2019) 、ドラマ化企画が進行中のTVシリーズ「キャリー」と続けてキングの原作に魅了される映画監督のマイク・フラナガンは、スティーブン・キングの信頼を得たハリウッドの中堅監督。キングの言葉、「人一人死ぬということは図書館が一つ炎上するようなものだ。」に魅了され、この地球上の全ての人が平等で、大事な存在なんだという原作の映画化を見事に完成させている。ごく普通のサラリーマンのような会計士チャックに焦点を当てるこの映画は、ミステリーに包まれたオープニングから始まり、ある意味SFがかった世紀末から始まる。

3章立てとして描かれる映画の序盤は、テクノロジーに依存していた社会が崩壊し、人が右往左往する世紀末の地球が舞台。しかし、謎の広告だけがなぜだか煌々と流れ続ける。「39年間ありがとう、チャック」というメッセージは一体だれが流しているのか!? 高校の教師であるマーティ (キウェテル・イジョフォー) が、別れた看護師の元妻フェリシア (カレン・ギラン) を想い、電話をするがインターネットはつながらない。最後に彼女に会いたいという気持ちのままで走り出し、フェリシアが働く病院にたどりつくまでに目にする謎の広告を見ながら、チャックとは誰なのか、まるで地球へのエールをミステリアスに描くかのような抒情的な世紀末が描かれる。

その謎は、電光掲示板で笑っていたスーツ姿のチャックを描く中盤から少しづつあきらかになる。後半は幼いときに両親をなくし、祖父母とともに過ごした少年チャック。真逆に時間軸が流れていくところも小説のタイムラインそのままで、原作の意図するところをそのままビジュアルで表現したかのように、俳優の言葉それぞれが、人と人との尊い運命と、不思議な縁を描いている。

スティーブン・キングは幼いときに父と離れ離れになったことを公に公表している。たばこを買いに行くと言って出かけた父が帰ってこなかった自身の体験は、トラウマに悩む少年の姿として、彼の作品の中でも何度も現れた。常に家族、日常の恐怖の中でのサバイバルが浮き彫りになる。それらは80年代のアメリカ映画を支えてきた作品群でもある。

去年、数奇な運命で亡くなった故ロブ・ライナー監督の名作『スタン・バイ・ミー』(1986) は、死体探しの旅に出た無邪気な少年たちの友情と冒険を描くキングの半自伝的な短編小説「ザ・ボディ」が原作だった。U-NEXTが映画通が死ぬまでに見るべき名作のトップ (2025年時点) にもなったという映画『ショーシャンクの空に』は、「刑務所のリタ・ヘイワース」(小説「ゴールデン・ボーイー恐怖の四季 春夏編」に収録) が原作。冤罪によって投獄された主人公が、無実を主張し希望を捨てず、囚人たちとの友情が我々の胸を打ち、映画は全世界でロングランを記録した。さらには、世界中が涙した『グリーン・マイル』(1999) もまた、死刑囚と看守の思いがけない友情と、巨体の死刑囚が織りなす不思議な奇跡が、映画化によって、より多くの人に共感をもたらしたファンタジー・ヒューマンドラマ。

ホラーの枠から逸脱したキングの短編小説は、どの時代でも通じるヒューマンな内容に胸を打たれる内容。今、戦争に突進するアメリカ社会の元で、スティーブン・キングのようなヒューマンな作家が今後、何をどう描くのか、改めて映画から、その原作を読み直したいと思わせてくれるのも、この映画の魅力である。

「その日を摘め、今を生きよ (Carpe diem) 」

映画『サンキュー、チャック』は、80年代の名作『今を生きる』も思い起こさせる。それは、『今を生きる』で英語教師ジョン・キーティング (ロビン・ウィリアムズ) が読んだアメリカ現代詩の父、ウォルト・ホイットマンの詩の一節が、この映画の中でもテーマとなっているからである。その一節は、スティーブン・キングが『チャックの数奇な運命』の米オーディオブックの冒頭で説明している。キングは詩の一節を読む。

“I am large , I contain multitudes. “
「私の中には無数の人たちが存在する。」

この一節を読み、心を閉ざさずに新しいアイディアに目を向けることで、この短編小説を書くアイディアがふつふつと浮かんだそうだ。今では、ことわざのように引用されるホイットマンの長い詩の最後のライン。自らの内なる矛盾を受け入れること。人間は複雑で、一筋で成り立たなくて当然なのだという。キングは、もし、人一人が死ぬことが、図書館一つでなく、地球全体を滅ぼすとしたらと例えて考え出したところから、このチャックの人生という物語が完成したのだそうだ。

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The past and present wilt —
I have fill’d them, emptied them,
And proceed to fill my next fold of the future.
Listener up there! what have you to confide to me?
Look in my face while I snuff the sidle of evening,
(Talk honestly, no one else hears you,
and I stay only a minute longer.)
Do I contradict myself?
Very well then, I contradict myself.
(I am large, I contain multitudes.)

Song of Myself  (ウォルト・ウィットマンの代表的な詩集「草の葉」より)

マイク監督は、キングの原作の本質を映画化する為に、映画『ラ・ラ・ランド』(2016) やテイラー・スウィフトのコンサートツアー「The ERAS Tour」など、業界で名のある振付師マンディ・ムーアによる、俳優のトレーニングを行った。主役、チャックを演じるトム・ヒドルストンは、マーベル・シネマティック・ユニバース (MCU) の中で、北欧神話の悪戯の神の2番目の王子ロキ役を演じ、義兄ソーの宿敵役として、最強ヴィランとして人気がある。トムはジャズ、スウィング、サルサ、チャチャ、ボサノバ、サンバなど、ダンスフォームの全てを学んだそうだ。どこにでもいそうな平凡な会計士チャックの役ながら、トム・ヒドルストンのシャイでニヒルな仕草はこのチャック役にぴったりで、新たなファンを生むことは間違いない。

幼いチャックの祖父母役を演じる2人も映画界を一世風靡した映画のヒーローとヒロイン。俳優マーク・ハミルは、80年代のアメリカ映画黄金期を支えたスター。『スター・ウォーズ 新たなる希望』(1977) 以来、主役ルーク・スカイウォーカーの孤独と勇気に映画ファンは魅了され、そのあと続く『スター・ウォーズ』シリーズの『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』(1980) 、『スター・ウォーズ ジェダイの帰還』(1983) とスターウォーズのフランチャイズを代表した担い手。世代交代した新シリーズ『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017) にも出演し、老若男女のファンを歓喜に踊らせた。本作で、マークの演じる祖父役はごく普通の会計士で、数字によって、人の生活が分かるんだと自らの仕事に誇りを持つやさしい祖父。孫の教育に熱心な一方、家のルール、子供は屋根裏に行ってはならないと硬く拒む祖父の姿はマーク・ハミルならではの老いた人間の威厳と脆さがともなっている。華やかな俳優生活とは裏腹に、過去には生死を危ぶむ交通事故や、去年のロサンゼルス山火事でも被災。彼の住むマリブの近隣は全焼。彼の家はなんとか火災を逃れたものの、マークは、汚染や有害な環境下で、家には帰れずに、被害を被った。人生のアップダウンを乗り越えてきたマークは、今年の6月に日本でも公開されるホラー映画『ロングウォーク』(キングがリチャード・バックマンというペンネームで出版した「死のロング・ウォーク」原作) にも出演しているので、キング、そしてマーク・ハミル・ファンにとっては楽しみなニュースに違いない。

チャックの祖母を演じるのが、これも1980年の大ヒット映画『フェリスはある朝突然に』の主人公フェリス・ビューラーの恋人役を演じた女優ミア・サラ。『フェリスはある朝突然に』は映画『スパイダーマン:ホームカミング』などでのオマージュ他で映画のシーンが蘇るほどに、青春映画を代表する一作。その他のキャストの個性も確かなものがある。

『ラブ・アクチュアリー』(2003) など、英国コメディでも人気の黒人俳優キウェテル・イジフォーが演じる教師マーティや、教師ミス・リチャーズ役 (ケイト・シーゲルー / マイク・フラナガン監督の妻) が印象的なのも、スティーブン・キングが元教師だったことをうかがわせる原作の要素が含まれていて微笑ましい。いかに、人一人が育つまでには、いろいろな教師に出会っているのかも深い洞察眼で描いており、私たちがどこかで誰かに助けられていることを感じさせる映画のあたたかいシーン。インターネットやテクノロジーの進化で人がソーシャルメディアに阻まれて、直接の関わりがなくても生活が成り立っている現在の課題をこの映画は指摘。ふたたび、映画館という場で、観た人と会話することを促してくれるような良い映画でも、情報過多の現代社会では地味で目立たない。スティーブン・キングのファンでなくてもぜひ観てほしいおすすめの一作である。

文 / 宮国訪香子

作品情報 映画『サンキュー、チャック』

異常気象などで崩壊寸前の世界。絶望する人々の前に突如現れたのは「チャールズ・クランツ 素晴らしい39年間! ありがとう、チャック !」という大量の感謝広告。チャックとは一体誰なのか? ありがとうの意味とは? チャックの人生をたどり、すべての謎が解ける時、衝撃と感動が押し寄せるヒューマン・ミステリー。

監督・脚本:マイク・フラナガン

原作:スティーヴン・キング

出演:トム・ヒドルストン、キウェテル・イジョフォー、カレン・ギラン、ジェイコブ・トレンブレイ、マーク・ハミル

配給:ギャガ、松竹

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5月1日(金)新宿ピカデリー他全国ロードショー

公式サイト thankyou_chuck

配信元: otocoto

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