
“守る”ではなく“奪いに行く”。アーセナルが停滞感を打破するために。1-0を積み重ねるだけでは足りない。思考回路を変える必要があるだろう【現地発】
アーセナルにとって、4月29日の欧州CL準決勝のアトレティコ・マドリード戦は、勝てたかもしれない試合だった。この第1レグは、敵地メトロポリターノで1-1の引き分け。結果だけを見れば、決して悪くない。むしろ、本拠地エミレーツに戻って第2レグを戦えることを考えれば、評価されるべき引き分けでもある。
しかし、試合後のミケル・アルテタ監督は怒り心頭だった。しかも、ただの不満ではない。「信じられないほど怒っている」と言い切った。怒りの矛先にあったのが、後半に起きたエベレチ・エゼへのPK取り消しである。
場面は1-1。アーセナルが勝ち越しを狙う時間帯だった。エゼがボックス内でボールに反応し、A・マドリーのDFダビド・ハンツコが対応する。ハンツコはボールに触れず、エゼの足に接触した。主審は一度、PKを指示した。ここまでは自然な流れだった。
ところが、VARが介入する。主審はピッチ脇のモニターで映像を確認し、最終的にPKを取り消した。ここが大きな争点になっている。
なぜ、英メディアが強く反応しているのか。理由は単純で、この判定が「明白で明確な誤審」とは言い切れないからだ。VARが判定を覆すべきなのは、主審の判断に明らかな間違いがあった場合である。エゼの場面には接触があった。接触の程度は軽かったかもしれない。だが、軽い接触だから即ノーファウル、というわけではない。
つまり、問題は「PKかどうか」だけではない。一度、PKと判断されたものを「VARで取り消すほど明確なミスだったのか?」という点にある。英メディアはそこに疑問を呈している。プレミアリーグの基準であれば、おそらくこのPKは取り消されなかっただろう。
アルテタの怒りはそこにある。彼は「あれを13回も見なければ判断できないなら、明白な誤審ではない」と主張した。つまり、VAR運用の原則に対する抗議だった。しかもこの試合では、ベン・ホワイトのハンドによってA・マドリーにPKが与えられている。
ホワイトの腕は身体から離れていたため、UEFA基準ではPKとされても不思議ではない。ただ、ボールは先に足に当たっており、プレミアリーグなら流されていた可能性はある。
アーセナル側から見れば、自分たちに不利な判定だけが重なったように映るだろう。取られたPKは厳しく、与えられたPKは取り消された。だからこそ、1-1という結果には悔しさが残る。敵地で引き分けた充実感よりも、勝利を逃した感覚の方が強かった。
こうしたアーセナルの足踏みは、この判定だけで説明できるものではない。むしろ、より根深い問題は国内リーグにある。
首位を走ってきたプレミアリーグで、ボーンマス戦とマンチェスター・シティ戦に敗れ、連敗した。長く首位を走ってきたチームに、明らかにブレーキがかかっている。気がつけば、2位のシティとの勝点差は3に縮まった。しかもシティの消化試合は、アーセナルに比べてひとつ少ない。
失速の理由として見逃せないのが、オープンプレーからの得点率だろう。
今季のアーセナルはセットプレーで多くの得点を奪ってきた。デクラン・ライスのキック、ガブリエウ・マガリャンイスやウィリアム・サリバの高さ、そして緻密にデザインされたセットプレーの精度。これは間違いなく武器であり、首位を走ってきた大きな要因でもある。
だがその一方で、流れの中から相手を崩す力が足りない。ボーンマス戦では、オープンプレーからの期待得点がわずか「0.18」だった。首位を争うチームとしては、あまりにも寂しい数字である。
アーセナルはこのままいけば、流れの中からの得点数がプレミアリーグ優勝チームとして史上最少クラスになる可能性がある。これはセットプレーが優れていることの裏返しでもあるが、同時に、攻撃が慎重になりすぎている証拠でもある。
今季のアーセナルは、どこか「負けないこと」を優先してきた。1-0で勝ち切る。リスクを抑える。相手に流れを渡さない。もちろん、それは強いチームに必要な要素だ。しかし、タイトル争いのクライマックスでは、それだけでは足りない局面が出てくるだろう。
かつてマンチェスター・ユナイテッドで幾多のタイトルを獲得してきたウェイン・ルーニーは、そこを指摘している。ユナイテッドで、ルーニーはシティに得失点差でタイトルを奪われた経験を持つ。2011-12シーズンでのことだ。
ルーニーは、アレックス・ファーガソン監督が常に「もっと点を取りに行け」と言っていたと振り返る。当時のルーニーは「得失点差で決まるとは思っていなかった」というが、実際にそうなってしまった。
今のアーセナルにも、同じ危険がある。
シティとの争いは勝点だけでなく、得失点差、さらには総得点まで絡む可能性がある。現時点で、アーセナルとシティの得失点差は、アーセナルがわずか1点のリードだ。
そうなった時、1-0を積み重ねるだけでは足りない。ルーニーが言うように、アーセナルは相手を倒し切る方向へ、思考回路を変える必要があるかもしれない。そう、アルテタ政権の序盤がそうだったように。
カイ・ハバーツは前線でボールを収め、味方を活かすことができる。だが、生粋のフィニッシャーではない。ヴィクトル・ヨケレスには得点力があるが、組み立ての質ではハバーツに劣る。エゼ、ウーデゴー、ブカヨ・サカが揃えば創造性は増すはずだが、それを慎重なゲーム運びのなかに閉じ込めてしまっては意味がない。
アーセナルは今、2つの巨大な目標を同時に追っている。
22年ぶりのプレミアリーグ優勝。そして、クラブ史上初のチャンピオンズリーグ制覇。その挑戦は美しいが、当然ながら負担も大きい。欧州で勝ち進むことは誇りである一方、国内リーグの強度と集中力を削る要因にもなっている。
リーグ杯はファイナルでシティに敗れ、FA杯もすでに敗退している。CL準決勝第2レグは5月5日。勝てば悲願の決勝進出。負ければ、またひとつタイトルの可能性が消えることになる。
アーセナルは、足踏みが続いている。準決勝の第1レグは、疑惑の判定にフラストレーションをためた。だが、怒りだけではタイトルは取れない。必要なのは、悔しさをエネルギーに変え、慎重さの殻を破ることだ。
ここから先は、守るチームではなく、奪いに行くチームでなければならない。アーセナルにとって、まさに正念場である。
取材・文●田嶋コウスケ
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