最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
「やり切ったと胸を張って言える」錦織圭、現役引退を決断!日本テニス史に刻んだ不滅の足跡を辿る<SMASH>

「やり切ったと胸を張って言える」錦織圭、現役引退を決断!日本テニス史に刻んだ不滅の足跡を辿る<SMASH>

とうとうこの時が来てしまった。男子テニス元世界ランキング4位の錦織圭(現464位)が5月1日に自身の公式SNS(インスタグラムとX)を更新し、今シーズン限りでの現役引退を発表した。

 島根県松江市で生まれ育った錦織がテニスと出会ったのは5歳の時。きっかけは父親の清志氏が、仕事で訪れたハワイで購入した子ども用のテニスラケットをお土産としてプレゼントしてくれたことだった。

 幼少期から類まれなる才能を発揮してきた錦織は小学6年生で全国大会3冠を達成。日本の総合電機メーカー「ソニー」の元副社長である盛田正明氏が創設した「盛田正明テニスファンド」のサポートを得て13歳で単身アメリカに渡ると、留学先の名門「IMGアカデミー」で日々鍛錬を積みながら着実に成長を遂げていった。

 2007年にプロ転向した錦織の名が知れ渡ったのが、当時18歳で出場した08年の「デルレイビーチ・オープン」(ATP250)だった。この時はまだ世界244位かつチャレンジャー(下部大会)でも優勝経験がなかったが、予選から怒涛の快進撃を見せ、本戦では3人のトップ100選手を破って決勝へ進出。迎えた決勝では世界12位のジェームズ・ブレーク(アメリカ)に勝利し、キャリア初のツアータイトルを獲得した。
  錦織は同08年の「全米オープン」でも3回戦で当時4位のダビド・フェレール(スペイン)を下し、日本人男子として実に71年ぶりとなる四大大会でのシングルスベスト16へ進出。そんな日本の至宝に最初の試練が襲い掛かったのが翌09年シーズンだった。右ヒジのケガで100位圏外までランキングを落とし、同箇所の手術も決行。実戦復帰を遂げ、11年10月には自身初のトップ30入りを果たした。

 2010年代に入ると錦織は持ち前のテニスセンスで瞬く間に世界のトップへと駆け上がった。中でも14年全米オープンは日本のファンにとっても忘れられない大会となった。

 開幕直前に右足親指の手術を受けた錦織だったが、4回戦で4時間19分の死闘の末にミロシュ・ラオニッチ(カナダ)を、準々決勝ではスタン・ワウリンカ(スイス)をフルセットで破ると、準決勝では当時世界1位だったノバク・ジョコビッチ(セルビア)を撃破。迎えた決勝ではマリン・チリッチ(クロアチア)にストレート負けを喫して準優勝に終わったものの、アジア人男子選手として初めて四大大会決勝に進出するという大快挙を成し遂げた。
  錦織の世界ランキング自己最高位は、15年3月に記録した4位。翌16年にはリオ五輪の3位決定戦で巨星ラファエル・ナダル(スペイン)を破って銅メダルを獲得し、同年9月の全米オープン準々決勝では当時世界1位のアンディ・マリー(イギリス)にフルセットで勝利して4強入りした。17年に右手首の故障で一時戦線を離脱するも、翌18年にはカムバック。ウインブルドンでベスト8、全米で3度目のベスト4と最高峰の四大大会で結果を残してトップ10へ返り咲き、年間成績の上位8名が集結するシーズン最終戦「ATPファイナルズ」にも自身4度目の出場を果たした。

 19年には再び右ヒジを負傷し、21年10月からは左股関節と右足首の故障で約1年半にわたってツアー離脱を余儀なくされた錦織。それでも懸命なリハビリを経て23年6月にカムバックし、下部大会「カリビアン・オープン」では復帰戦優勝。翌24年には「ナショナルバンク・オープン」(ATP1000)と「ジャパンオープン」(ATP500)のツアー2大会で8強入りし、25年1月に出場した「香港オープン」(ATP250)では準優勝を飾った。

 しかしその後はケガとの闘いの連続だった。離脱と復帰を繰り返し、最近は出場大会でも結果を出せない状況が続いていた。今季はここまでチャレンジャー5大会でプレーし、最高成績は2回戦進出。先日の「サバンナ・チャレンジャー」(クレーコート/CH75)における2回戦敗退を最後に休養に入っていた。

 今年3月末には海外メディアを中心に錦織の引退報道が飛び交い、その際に本人は自身のSNSで「またアップデートします」と報告していたのは既報の通り。そして今回の投稿でついに「アップデート」が行なわれ、通算451勝231敗、ツアー12タイトルを誇る輝かしいキャリアに別れを告げる決断を下した。
 「今日は皆さまにご報告があります。このたび、今シーズンを持って現役を引退する決断をいたしました。小さい頃からテニスに夢中になり、『世界で戦いたい』という思いだけを胸に走り続けてきました。その中でトップの舞台に立ち、トップ10という地位まで辿り着けたことは、自分にとって大きな誇りです」

「度重なるケガとの戦いの中で、思うようにプレーできないもどかしさや、不安に押しつぶされそうになったこともありました。それでも『テニスが好きだ』『もっと強くなれる』という思いが、何度でも自分をコートに戻してくれました。正直に言えば、今でもコートに立ち続けたい気持ちはありますが、これまでの全てを振り返ったとき、『やり切った』と胸を張って言える自分がいます。テニスという競技に出会えたこと、この道を歩んでこられたことを、心から幸せに思います。残りの試合も、一瞬一瞬を大切に、最後まで戦い抜きます」

 おそらく、まだ現実を受け止めきれないファンは多いだろう。それでも、黄金期を築いたビッグ4(フェデラー、ナダル、ジョコビッチ、マリー)と同じ時代を渡り歩き、日本男子テニス界の歴史を塗り替えながら、第一線で戦い続けてきた錦織の残された現役生活が、本人にとって納得のいく、そして笑顔で締めくくれるものとなることを願ってやまない。

文●中村光佑

【画像】錦織がSNSを通じて公表した現役引退に関するメッセージ

【関連記事】日本の午前6時、テニス界に電撃ニュース「現役を引退する決断をいたしました」「『やり切った』と胸を張って言える」

【関連記事】錦織圭、米国下部ツアーで2回戦敗退。17歳の有望株にフルセットで敗れ、この後休養へ<SMASH>
配信元: THE DIGEST

あなたにおすすめ