現地時間4月29日(日本時間30日)、米メディア『FanDuel TV』の番組『Run It Back』に、ブルース・ボウエン(元サンアントニオ・スパーズほか)がリモート出演した。
ドラフト外からNBA入りしたボウエンは、パット・ライリー率いるマイアミ・ヒートでディフェンス力を買われて頭角を現わし、スパーズへ加入した2001-02シーズンから先発スモールフォワードへ定着。
201㎝・91㎏のサイズはNBAで平均的ではあったが、相手チームのスコアラーへへばりつくかのような粘着質なディフェンスと、タイムリーに沈める3ポイントで居場所を確立し、オールディフェンシブチームに8度、そのうち1stチームには5度も名を連ねた実績を持つ。
一方で、相手選手がジャンパーを放った際、着地位置へ足を出して捻挫させたり、手やヒジを駆使した接触プレーで“ダーティー”との批判も浴びてきた。それでも、ウイングディフェンダーとして、スパーズ在籍8シーズンで5度のフル出場、7度の80試合以上出場と、タフさも強みにしていた。
スパーズで3度のチャンピオンに輝いたボウエンは、番組内でNBA歴代ベスト5を聞かれ、マイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)、コビー・ブライアント(元ロサンゼルス・レイカーズ)、ティム・ダンカン(元スパーズ)、ビル・ラッセル(元ボストン・セルティックス)、マジック・ジョンソン(元レイカーズ)をセレクト。
史上最高の選手を意味する“GOAT(Greatest Of All Time)”と評されるジョーダンについては、独自の意見を展開していた。
「私の口からはこう言っておこう。MJ(ジョーダン)は、たとえ同じような才能がなくても、逆境を乗り越えて、自分の才能を伸ばす方法を多くの選手に教えてくれたんだ」
ジョーダン、コビー、ダンカン、ラッセル、マジック。彼らはいずれもNBA史に名を残すスーパースターだ。ただ、2000年代を代表するディフェンシブ・ストッパーは、ジョーダンとともにGOAT論争で先頭を走るレブロン・ジェームズ(レイカーズ)の名前は挙げなかった。 ボウエンは、2007年にレブロン率いるクリーブランド・キャバリアーズとファイナルで対戦。当時キャリア4年目の“キング”は、シリーズ平均22.0点、7.0リバウンド、6.8アシストをマークする。ただ、スパーズは“レブロン包囲網”を敷いてフィールドゴール成功率35.6%に抑え込み、4戦全勝のスウィープで優勝を飾った。
レブロンは2010年夏にキャブズを退団し、2012年にヒートで初優勝。翌2013年にもチャンピオンに輝き、2014年夏にキャブズへ帰還すると、2016年に球団初優勝をもたらした。
だが、ボウエンはこう語っていた。
「レブロンについては、彼はクリーブランドを離れた。その後に優勝を果たしたのさ。『でも彼はクリーブランドでも優勝したじゃないか』と言う人もいるだろう。ただ、私が言いたいのは、彼が(一度)クリーブランドを離れたということ。逆境に直面した時に彼は去ったんだ」
2007年に初のファイナルで苦い思いを味わったレブロンは、その後シーズンMVPへ2度も選ばれるなどリーグトップレベルの選手へ成長。しかし、チームはファイナルへ返り咲くことができず、レブロンの“キャブズ第一期”は2010年に幕を下ろした。
そんなレブロンは今も現役を続け、キャリア23年目の今季もプレーオフでレイカーズを引っ張り、ヒューストン・ロケッツとのファーストラウンドを戦っている。
若かりし頃の“キング”と対峙してきたボウエンは「彼の活躍は素晴らしいよ。今ちょうど観ていて、先日41歳にしてリバースダンクを決めていた。決して、彼の選手としての実力やリーグへの貢献を軽視するものではない」と目を細めた。
それでも歴代ベスト5の人選については「私の基準ではそうではない」と、自身の見解を変えることはなかった。
GOATや歴代ベスト5は、選出者の志向や好みによって異なるため、満場一致で決まるものではない。ボウエンの考えも、そのひとつということなのだろう。
文●秋山裕之(フリーライター)
【画像】シャック、アイバーソン、コビー、レブロン、カリー、ヨキッチ…2000年以降のMVPを受賞当時の写真で一挙振り返り!

