今や買い物といえば、翌日には荷物が届くAmazonなどのネット通販が便利であり、24時間いつでも開いているコンビニエンスストアも利用頻度が高い。
だが、昭和40年代までの日本には、玄関のチャイムが鳴るたびに主婦がビクッと身をこわばらせる、今なら即110番通報モノの「恐怖の訪問者」がいた。現代の悪徳商法よりもはるかに原始的な、物理的威圧感に満ちていた「押し売り」である。
昭和の路地裏には、豆腐売りや竿竹売りのような風情ある物売りに混じって、明らかに「堅気ではないオーラ」を放つ男たちが紛れ込んでいた。彼らの定番スタイルはこうだ。
主婦が一人で留守番をしている昼下がり。玄関(あるいは縁側)に勝手に上がり込み、どっかりと腰を下ろす。そして凄みのきいた声で、こう切り出すのである。
「おらぁ昨日、ムショから出てきたばかりでよぉ…。アニキにノルマを課せられてんだ。助けると思ってこれ、買ってくれねぇかぁ」
そして差し出されるのが、およそムショ帰りの強面には似つかわしくない「粗悪なゴム紐」や「縫い針」「歯ブラシ」といった地味すぎる日用品。これを市価の数十倍という法外な値段で売りつけるわけだが、断ろうものなら、「買うまで動かねぇぞ」と居座り、時には懐の包丁(のようなもの)をチラつかせる。
今なら完璧な強要罪や住居侵入罪のフルコースだが、当時はこれが「町の困った風景」として成立していたのだから恐ろしい。
マニュアル完備のブラック企業的組織から派遣されて…
それにしても、なぜ彼らはあんなに必死にゴム紐を売っていたのか。一説には、ゴム紐は原価が安く、かさばらないため持ち運びが容易だったから、との説があるが…。
面白いのは、全国どこでも彼らの口上が「昨日、ムショを出た」で統一されていたことだ。おそらくは、今でいう「マニュアル完備のブラック企業」的組織があり、そこから派遣された従業員らが同じセリフを吐いて、全国の玄関先を恐怖に陥れていたようなのだ。
この押し売りは「サザエさん」などのアニメでもお馴染みの光景だが、当時の主婦たちは「警察を呼ぶ」という発想に至る前に、早く帰ってもらいたい一心で、震えながら小銭を差し出していた。
一方、押し売りとは真逆に、子供たちにとってのアイドルだったのが「富山の薬売り」だ。重そうな柳行李(やなぎごうり=編み箱)を背負ってやってくるおじさんは丁寧な物腰で、使ったぶんだけ後で代金を払う「先用後利」という独自のシステムを説明。減った薬代のみを精算していくのだが、帰り際、子供にくれるのが紙風船だった。
子供たちは色鮮やかな紙風船を膨らませながら、「いい人だなぁ」と確信したものだが、実はこれも究極の信頼マーケティング。
家の玄関は外部社会と直結した「戦場」であり「劇場」でもあった昭和時代。防犯カメラもオートロックもない時代に生きた人々は、怪しい来訪者と対峙することで、図らずも「世間の荒波」と「人を見る目」を養っていたのである。
(乾章)

