もはやSNSなしの生活が考えられなくなった今の時代。ただ、SNSで知り合った相手と会う際には細心の注意を払う、という女性はやはり少なくないだろう。むろん最初のやり取りはハンドルネーム。本名や住所を教えることはない。
しかし昭和という時代を振り返ると、今では考えられないほど「個人情報」が剥き出しにされていた。その象徴が、当時の少女漫画雑誌やアイドル誌の巻末にあった「文通相手募集」のコーナーだ。
そもそも「文通」という手段からして、令和の若者には「?」という感じだろうが、そこには「西城秀樹さんのファンの方、お便り待ってます」「同い年の女の子、趣味の話をしませんか」といった自己紹介とともに、募集主の本名、学年、そして詳細な自宅住所が、何十万人もの読者が目にする誌面に堂々と掲載されていたのである。
今考えると背筋が凍るような「個人情報ダダ漏れ」状態を意味するのだが、当時はそれがごく当たり前のことだった。
文通、いわゆる「ペンフレンド」は当時の若者にとってのSNSだった。気に入ったレターセットを選び、慣れない敬語で丁寧に手書きの文字を綴る。そしてポストに投函してから返事が来るまでの数週間ほどの空白は、今の即レス文化にはない「ゆったりとした沈黙のコミュニケーション」とでもいうような時間だった。
見知らぬ誰かと心を通わせるという点では現代のメル友と同じだが、そこには手間と時間をかけるからこその、ある種の風流があったような気がする。
「個人情報保護法」施行前まで生き残った
とはいえ、このおおらかさは危険と隣り合わせ。住所が悪用され、ストーカーまがいの被害や、誘い出されて凄惨な事件に発展したケースは実際にあった。
それを受けて週刊誌が「身を守る法」を特集するなど、徐々に社会問題化していったが、それでも雑誌の文通欄は、平成初期に個人情報保護法が施行される直前まで生き残っていた。
昭和という時代が今より安全だった、などということはなく、むしろ不便で無用心。当然、危うい橋を渡るような出会いは多かった。それでも雑誌の文通欄に漂っていた熱気は、人間と人間の信頼に支えられていた……そう思えるから不思議なものだ。
ふとした瞬間に思い出す、かつてのペンフレンドの名前。一度も会うことなく、いつの間にか途絶えてしまった文通。「文通相手募集」コーナーに応募していた少女たちは今、当たり前になったSNSでの出会いに何を思うのだろうか。あるいは不適切で不便だったあの時代を、少しだけ愛おしく感じているかもしれない。
(乾章)

